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第9話
確かに、俺の身長は箱根より低い。ついでに言うと、同学年の平均身長よりも低いらしい。
いつの間に俺の身長を知ったのかは分からないが、十五センチ差だと? そんなもの、腹が立つに決まっているだろう、ふざけるな。
と言うか、コイツさっき『怒る気がしてきた』って言っていたよな? それってつまり、俺が身長にコンプレックスを持っているのを察したってことだろ? つまり、コイツも俺の身長を『小さい』って思ったってことだよな? それならなおさら腹が立つ。
──しかし、俺を怒らせまいと箱根が言い淀んでいたのも確かだ。
俺が牛乳パックを見せ付けたときに、コイツが逡巡していた理由が、今になってやっと分かる。
その時は分かっていなかったにしても、紙をめくって内容を言うよう背中を押したのは、紛れもなく俺だ。
「……最後」
「あァ?」
「最後の、見せろよ」
力無くそう呟くと、またもや箱根が言い淀みだす。
「最後……? ……あ、あ~……最後の、コレか?」
身長差云々が書いてある紙を指さして、なぜか箱根は、俺に確認してきた。
下ネタは終わったし、俺のコンプレックスを刺激してくるようなことも終わったんだ。だったら、もうなにも言い淀む要素が無いだろう?
なのに、箱根はソワソワしている。
「なんだよ、まだなにか地雷を隠しているのか?」
「いや、そうじゃねぇんだけど……っ」
言い淀む箱根は、なかなか紙をめくろうとしない。
そこで俺は、あるひとつの可能性に気付く。
「もしかして、それを見せたら俺が帰るから見せたくないとか……そういう理由で躊躇っているのか?」
「ハァ? ちっげぇよッ! そんなガキくせぇ理由じゃねぇっつの!」
今やっていることが十分ガキくさいことだと、気付いていないのだろうか。
反論する割に、箱根は最後の一枚を見せようとしない。
……どうせ最後までくだらない内容なんだろうし、勿体ぶらなくてもいいだろうに。
俺は、箱根の持っている紙に手を伸ばす。それを見て、箱根が慌てたように紙を掴んだ。
「な……ッ! オイ、登坂ッ!」
「サッサと終わらせて帰るぞ」
「ちょ、お前……ッ! こっちにも色々準備ってもんがあるんだよッ!」
「いや、箱根……っ、そんな力任せに掴んでたら破け──」
箱根が俺から紙を引き離そうとする力と、俺が紙をめくってしまおうと引っ張った力のせいで……。
──意図せず、四枚目の紙が破れる。
ビリッ、と、鼓膜を貫くその音と共に。
──最後の紙に書いてある文章が……俺の目に、飛び込んできた。
『世界で一番、誰よりも登坂を愛してる!』
──それは、あまりにもシンプルで。
──直球で、正統派な一文だった。
「……箱根、これ──」
「言うなッ!」
目に映った文章に対して、俺は口を開く。
それと同時に、箱根が怒鳴る。
「なにも、言うんじゃ……ねぇぞ……ッ!」
今まで、見たことがないほど。真っ赤に染まっている、箱根の顔。
ピアスで装飾された耳まで赤くなっている箱根は、ばつの悪そうな顔をしていた。
顔を見られたくないのか、俺からは視線を逸らしている。
「……なに、箱根。照れてんの?」
──そんな箱根を見ると、なぜか胸の辺りがソワソワしてきた。
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