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第5話(最終話)

「父さん、あのさ……」  ヴィアンテから、話を聞いた後。  ボクは、気になって父さんに母さんのことを聞いてみようと思った。  母さんは、どんな人だったのだろう。  優しい人だったのかな。  怖い人だったのかな。  少しドキドキしながら、ボクは父さんの部屋の前に行く。  すると、扉が少し開いていて。  中には、父さんが誰かと電話していた。 「わかっている。用意はできているから、落ち着け」  電話の相手に、父さんは言う。 「ロザリアは、何も知らない。良いんだ、あいつは何も知らなくて。知らないままの方が、あいつも幸せだろう」 ――え?  何だろう。  先程までのドキドキとは違う。  別の意味で、ボクはドキドキしながら、扉の前で父さんの言葉を聞く。 ――何か嫌な予感がする。  今すぐこの場を立ち去った方が良い。  そう思うけど、上手く身体に力が入らない。 「明日の朝。約束通り、百万ユーロは用意してあるよな? それと交換だ」  その言葉を聞き、ボクはくらりと目眩がした。  ああ、倒れる。  と思ったけど、それはなくて。  誰かに支えられていた。 「あ……」  見上げると、そこにはヴィアンテがいた。 ✟  ヴィアンテは、ボクを抱き上げ、ボクの部屋に向かう。  何も言わないで。  ボクは、ドキドキしながら、ヴィアンテに「ねえ」と話しかける。 「ボクは、売られるの……?」 「…………」 「ヴィアンテ、知っていたの? ボクが、売られるって」 「…………」 「答えて」 「…………」  何も答えてくれないまま、ヴィアンテはボクの部屋の扉を開け、中に入り、ボクをベッドに寝かせる。 「知っていた。俺は、お前の母親のことも。父親のことも」 「え……?」 「お前の母親は、お前と同じで人の過去と未来を見ることができた。そして、自分自身の未来も。それで、父親に殺された。簡単に言うとな」 「待って、話がよくわからない……です」 「ロザリア、吸血鬼は初めて訪れる家には、その家の者の許可がないと入れない、と言ったな?」 「え、あ、はい」 「俺はお前に出会った日は、この家に来るのは二度目だった。だから、余裕で入れた」 「え……?」 「初めては、お前が生まれた直後。お前の母親が死んだ日だ」  ヴィアンテの台詞に、ボクは衝撃を受け、何も言えなくなった。  ヴィアンテは、頭を掻き、ボクに言う。 「あと数カ月は平気だと思っていたが、明日の朝かよ。時間がない。ロザリア、今から話すことを聞いた上で選択しろ。前にも話したが」 「え? えっと、ヴィアンテと生きるか、ここで死ぬか、でしたっけ」 「そう。選択するんだ」  ヴィアンテは、そう言って、ボクに話してくれた。  それは、ボクが知らないといけないこと。  知っているのが当たり前のことだった。 ✟ 「ロゼリオ=ルルベルト。それが、お前の母親の名前だ。今から十五年前の夜。俺は偶然お前の家の前を通った。中から血の匂いがし、窓から覗くと女が血を流し、男が血のついたナイフを持っていた」  ヴィアンテは、淡々と話す。 「窓の向こうにいる俺に気づいた男は逃げ出し、女は血を流したまま、窓を開けて、俺を招き入れた。その女が、ロゼリオ。男がお前の父親、ベルンシュタインだった」 「…………」 「ロゼリオは、俺を見て、なぜか笑った。『死に際に、あなたのような美しい鬼に出会えるなんてね』と」 「母さん……」  顔は知らない、声も知らない。  だけど、きっと強くて優しい人だったと思う。  もうすぐ死んでしまう、というのに。  ヴィアンテに笑いかけるなんて。 「弱いボクとは大違いだ……」  ボクが呟くと、ヴィアンテは首を横に振る。 「お前は強い。ロザリア。父親が母親を殺した、という話を聞いても、落ち着いていられる。全てを聞き、選択しようとしている。並の人間なら、選択せず死んでいる」 「え?」 「ロゼリオも選択し、お前を守って死んだ」  ヴィアンテは、優しく笑い、ボクに言う。 「ロゼリオの血を吸い尽くす代わりに。ロザリア――お前が十五歳、高校生になった日。もう一度この家を訪れ、お前をベルンシュタインから守る。そう約束した」 「じゃあ……あの日、ボクがヴィアンテに出逢ったのは……」 「偶然ではない」  さ、とヴィアンテはボクに言う。 「時間はない。が、時間ギリギリまで考えると良い。俺は、どんな選択をお前がしても、構わないから」 「……ボクは――」  ヴィアンテに言おうとした瞬間。  部屋の扉が少し乱暴に開き、中に父さんが入ってきた。

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