4 / 5
第4話
建物が燃え、崩れ落ちる。
人々の悲鳴。
その中で、はっきりと少年の母を呼ぶ声がした。
その声に、ボクは聞き覚えがある。
それは――
「夕飯の時間です。ロザリア坊っちゃん」
ヴィアンテの言葉で、ボクは目を覚ました。
――あれは夢だったのかな……。
「ヴィアンテ、あの――」
ボクを抱き上げ、ベッドに座らせるヴィアンテに、あの夢の内容を話そうと思った。
だけど、上手に話せなくて。
ボクは、黙って、俯いた。
ヴィアンテは、そんなボクに「どうかされましたか?」と心配そうに声をかける。
「食欲があまりない……とか?」
「あ、いや……。それは、ある。と、思う」
「……何か嫌な夢でも?」
「…………」
ボクは頷く。
「建物が火事で、燃えて、崩れ落ちて。たくさんの人の悲鳴が聞こえて。その中に、小さなヴィアンテがいて、必死に母親を呼んでいたんだ」
「……そう」
「あれは、何だったの……? ボクが夢を見るときは、誰かの過去か未来なんだ」
だから、あれはヴィアンテの過去……?
だったら、ヴィアンテは――
「ヴィアンテは、火事で母親を亡くしたの……?」
「ええ、遠い昔の話ですが」
続きは夕飯の後、とヴィアンテは笑った。
だけど、目は少しつらそうだった。
✟
夕飯の後、自室で二人きりになった。
ヴィアンテは、ボクをベッドに座らせる。
「ロザリア、お前は吸血鬼について、どれくらい知っている?」
「え?」
「吸血鬼の話を、どの程度まで知っているか、と尋ねているんだ。答えろ」
「……人の血を吸う。大蒜が苦手、十字架も苦手、太陽も苦手。あとは、不老不死……?」
「そんなもんか」
ヴィアンテは、ボクの隣に座る。
「ヴァンパイアハーフ、というものは知らない。という解釈で良いな?」
「え、あ、はい」
「それは、吸血鬼と他の何かのハーフ。俺は、吸血鬼と人間のハーフ同士の間に生まれたヴァンパイアハーフだ」
「え……」
「完全な吸血鬼ではない、ということだ。イリアは、俺の母の知り合いでな。だから、昔から知っている。あいつは、人間だよ。一応」
「…………」
「完全な吸血鬼ではない。ゆえに、吸血鬼にはできなくて、俺にはできることがある。その逆もだが」
はあ、とため息を吐き、ヴィアンテはボクを見る。
「長い話になる。横になるか?」
「ううん。このまま、話を聞きたいです」
「けっ。しんどくなったら言えよ?」
「……優しいんですね」
「優しくなんかねえ。食うぞ」
「それは嫌です」
ボクがそう言うと、ヴィアンテは、ふんっ、とボクから目をそらす。
「ヴァンパイアハーフでも、できるものとできないものがある。人それぞれってやつだ」
「そうなの?」
「ああ。俺の場合は、殆どが吸血鬼寄りだった。太陽の下は歩けないし、大蒜は匂いからしてダメ。初めて訪れる家には、そこの住人の許可が必要だし。鏡には映らない」
「…………」
「人間のふりをしていれば、瞳の色は紫だが。本来は赤い」
「そう……なんだ」
「だが、十字架は平気だ。心臓に杭を打ったって死なない。それくらいかな。吸血鬼とは違うのは」
「…………」
「両親は、そんな俺を大切に育ててくれた。吸血鬼としての欠点は、少ししかない。殆ど他の完全な吸血鬼と同じ。だから、俺は他の完全な吸血鬼に狙われていた」
「え……」
ボクは目を丸くして、ヴィアンテを見る。
「どうして……?」
「共食い、といえば解るか? 吸血鬼は他の吸血鬼を食うことがある。あまりしないけどな。人間が人間をあまり食べないのと同じ」
「…………」
「簡単に言うと、俺の父は俺を庇い、他の吸血鬼に食われた。目の前で、父が食われるのを、俺は黙って見るしかできなかった。遠い昔なのにな、はっきりと覚えているよ。両親の死は」
「…………」
「俺の母の死は、お前が夢で見た通り。火事だった。家に火を放たれ、焼き殺された。俺が、お前くらいの年齢だったかな。それからは、今と同じ、一人で行動している。向こうは群れで来るが、俺は他人を――吸血鬼を、信頼も信用もしない」
「………………」
淡々と話してくれた。
だけど、つらいはず。
目の前で、両親を。
自分のせいで殺される、なんて。
つらくて、苦しくて、悲しいはず。
ヴィアンテは、きっとその思いを抱いたまま。
嫌だと思っても、吸血鬼として、生きていて。
生きるしかなくて。
「ヴィアンテ」
ボクは、ヴィアンテを抱きしめる。
「あなたは、すごいです。つらいのに、耐えて……」
「すごかねえよ」
つーか、とヴィアンテはボクを見る。
「何で、お前が泣いてるんだ」
「え……。あ、本当だ」
「ただの昔話だよ。過去だ。終わったことだ」
「でも、目の前で両親を殺されるなんて、つらいと思う……」
「殺されたのは、まあ、しんどかったけど。両親は優しい人だった。俺を最後まで愛してくれた、という思い出だけで良いんだ」
「…………」
「なあ、ロザリア」
ヴィアンテは、ボクの頭を撫でながら言う。
「一つ、気になるんだが。お前の母親は?」
「母さん……?」
「そ」
「母さんは――」
そうして、初めて気づいた。
母さんのことを、ボクは知らない、と。
ともだちにシェアしよう!