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第4話

 建物が燃え、崩れ落ちる。  人々の悲鳴。  その中で、はっきりと少年の母を呼ぶ声がした。  その声に、ボクは聞き覚えがある。  それは―― 「夕飯の時間です。ロザリア坊っちゃん」  ヴィアンテの言葉で、ボクは目を覚ました。 ――あれは夢だったのかな……。 「ヴィアンテ、あの――」  ボクを抱き上げ、ベッドに座らせるヴィアンテに、あの夢の内容を話そうと思った。  だけど、上手に話せなくて。  ボクは、黙って、俯いた。  ヴィアンテは、そんなボクに「どうかされましたか?」と心配そうに声をかける。 「食欲があまりない……とか?」 「あ、いや……。それは、ある。と、思う」 「……何か嫌な夢でも?」 「…………」  ボクは頷く。 「建物が火事で、燃えて、崩れ落ちて。たくさんの人の悲鳴が聞こえて。その中に、小さなヴィアンテがいて、必死に母親を呼んでいたんだ」 「……そう」 「あれは、何だったの……? ボクが夢を見るときは、誰かの過去か未来なんだ」  だから、あれはヴィアンテの過去……?  だったら、ヴィアンテは―― 「ヴィアンテは、火事で母親を亡くしたの……?」 「ええ、遠い昔の話ですが」  続きは夕飯の後、とヴィアンテは笑った。  だけど、目は少しつらそうだった。 ✟  夕飯の後、自室で二人きりになった。  ヴィアンテは、ボクをベッドに座らせる。 「ロザリア、お前は吸血鬼について、どれくらい知っている?」 「え?」 「吸血鬼の話を、どの程度まで知っているか、と尋ねているんだ。答えろ」 「……人の血を吸う。大蒜が苦手、十字架も苦手、太陽も苦手。あとは、不老不死……?」 「そんなもんか」  ヴィアンテは、ボクの隣に座る。 「ヴァンパイアハーフ、というものは知らない。という解釈で良いな?」 「え、あ、はい」 「それは、吸血鬼と他の何かのハーフ。俺は、吸血鬼と人間のハーフ同士の間に生まれたヴァンパイアハーフだ」 「え……」 「完全な吸血鬼ではない、ということだ。イリアは、俺の母の知り合いでな。だから、昔から知っている。あいつは、人間だよ。一応」 「…………」 「完全な吸血鬼ではない。ゆえに、吸血鬼にはできなくて、俺にはできることがある。その逆もだが」  はあ、とため息を吐き、ヴィアンテはボクを見る。 「長い話になる。横になるか?」 「ううん。このまま、話を聞きたいです」 「けっ。しんどくなったら言えよ?」 「……優しいんですね」 「優しくなんかねえ。食うぞ」 「それは嫌です」  ボクがそう言うと、ヴィアンテは、ふんっ、とボクから目をそらす。 「ヴァンパイアハーフでも、できるものとできないものがある。人それぞれってやつだ」 「そうなの?」 「ああ。俺の場合は、殆どが吸血鬼寄りだった。太陽の下は歩けないし、大蒜は匂いからしてダメ。初めて訪れる家には、そこの住人の許可が必要だし。鏡には映らない」 「…………」 「人間のふりをしていれば、瞳の色は紫だが。本来は赤い」 「そう……なんだ」 「だが、十字架は平気だ。心臓に杭を打ったって死なない。それくらいかな。吸血鬼とは違うのは」 「…………」 「両親は、そんな俺を大切に育ててくれた。吸血鬼としての欠点は、少ししかない。殆ど他の完全な吸血鬼と同じ。だから、俺は他の完全な吸血鬼に狙われていた」 「え……」  ボクは目を丸くして、ヴィアンテを見る。 「どうして……?」 「共食い、といえば解るか? 吸血鬼は他の吸血鬼を食うことがある。あまりしないけどな。人間が人間をあまり食べないのと同じ」 「…………」 「簡単に言うと、俺の父は俺を庇い、他の吸血鬼に食われた。目の前で、父が食われるのを、俺は黙って見るしかできなかった。遠い昔なのにな、はっきりと覚えているよ。両親の死は」 「…………」 「俺の母の死は、お前が夢で見た通り。火事だった。家に火を放たれ、焼き殺された。俺が、お前くらいの年齢だったかな。それからは、今と同じ、一人で行動している。向こうは群れで来るが、俺は他人を――吸血鬼を、信頼も信用もしない」 「………………」  淡々と話してくれた。  だけど、つらいはず。  目の前で、両親を。  自分のせいで殺される、なんて。  つらくて、苦しくて、悲しいはず。  ヴィアンテは、きっとその思いを抱いたまま。  嫌だと思っても、吸血鬼として、生きていて。  生きるしかなくて。 「ヴィアンテ」  ボクは、ヴィアンテを抱きしめる。 「あなたは、すごいです。つらいのに、耐えて……」 「すごかねえよ」  つーか、とヴィアンテはボクを見る。 「何で、お前が泣いてるんだ」 「え……。あ、本当だ」 「ただの昔話だよ。過去だ。終わったことだ」 「でも、目の前で両親を殺されるなんて、つらいと思う……」 「殺されたのは、まあ、しんどかったけど。両親は優しい人だった。俺を最後まで愛してくれた、という思い出だけで良いんだ」 「…………」 「なあ、ロザリア」  ヴィアンテは、ボクの頭を撫でながら言う。 「一つ、気になるんだが。お前の母親は?」 「母さん……?」 「そ」 「母さんは――」  そうして、初めて気づいた。  母さんのことを、ボクは知らない、と。

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