3 / 5
第3話
イリア先生が部屋を出た後、少ししてから、ヴィアンテが部屋に入る。
少し面倒臭そうに。
「飯の時間まで、まだあるだろ? ロザリア」
「え? ああ、まだあります」
「本当なら、この家の中を歩いて、案内してもらおうと思う予定だったが、それを変更する」
「え、大丈夫です。ボク、歩けますよ?」
「なら、そのベッドから俺のいる部屋の扉の方まで歩いてみろ」
「よ、余裕です!」
とは、言ったけど。
力があまり入らない。
――おかしい、昨日まではできたのに。
チラッと、扉にいるヴィアンテを見る。
すると、ヴィアンテは、ため息を吐く。
「イリアの言ったとおりだ」
「先生の……?」
「さっき、帰り際にな。俺に、お前の病気のことを教えてくれた」
「ボクの病気……」
「お前、自分の病気が何か知らないのか?」
ボクは、そう訊かれて。
ハッとした。
「全く知らない」
✟
知らなくて良い。
知る必要がない。
ボクを思い、みんな黙っていた。
だけど、ボクはそれを一番知っておくべきだったと思う。
知らないといけないことだった。
「ヴィアンテは、知ってるのですか……?」
「さらっとな」
ヴィアンテは、ボクを寝かせながら言う。
「ロザリアは、この家のことをどこまで知っている? どんなことでも良い。話してみろ」
「えっと……。イラウェン王国を支えている、てことだけです。他は知りません」
「親に訊かないのか?」
「聞いても、知らない、と……」
「変だと思わないのか? 見た感じ、古い建物のようだ。今どきの館じゃあない。数百年前の館の造りをしている」
「そうなんですか?」
「……お前、外に出たことはないのか」
「ええ。身体が弱くて」
「本当にそうか? お前は身体が弱いから、外に出られず、全てのことを家の中で過ごしているってさ。俺は違うと思うよ」
ベッドに腰を下ろし、ヴィアンテはボクに言う。
「イリアからは、言わないように言われたが。俺はあいつの言うことを聞くつもりはない。だから、言うけどよ」
「え? えっと、はい」
「お前、病気なんか罹ってなかったよ」
ヴィアンテは、ボクに背を向けているから。
表情は、よく判らない。
だけど、声はいつもの威圧的なものでも、優しいものでもなく。
悲しそうな声だった。
✟
「どういう……こと……ですか」
ボクが、震えた声で言うと。
ヴィアンテは「さあな」と言う。
「でも、あいつが言うってことは、本当だろう。お前は、普通に生まれ、普通に学校に通えるはずだった。だが、お前には特殊な能力がある。それのせいで、家に閉じ込められている」
「…………」
「その能力は、人によって幸せになるし、不幸せになる。人の人生を狂わせるもんだ」
「父さんは知っているの……?」
「知っているだろ。だから、お前を閉じ込めているし。イリアを医者として呼んだんだろ」
「……イリア先生って、一体」
ヴィアンテの昔からの友人。
ボクの主治医。
「ねえ、ヴィアンテ」
ボクが呼ぶと、ヴィアンテはボクの顔を見る。
「どうした、坊っちゃん。知りたくなかったか?」
「…………」
「けど、お前は知らないといけない。知った上で、選択をするんだよ」
「選択……?」
「今ならまだ間に合う。俺と共に、この家を出るか。ずっと、このでけえ鳥籠の中で生きて、あと数ヶ月の命を終わらせるか」
「数カ月の命……」
「段々、何もできなくなる。身体が全く動かなくなり、植物状態になり、そして死んでいくだろう。イリアによると、そういう呪いだそうだ」
「呪い……?」
「お前を永遠に、この家のものにするための、な」
ったく、とヴィアンテは面倒臭そうに頭を掻く。
「人間ってやつは、とことん面倒だな」
「……ヴィアンテのこと、聞いてから。選択して良い……? それでも、間に合いますか?」
「俺のこと? まあ、そうか。得体の知れねえもんとは、行動できねえよな。思ったより、お前は冷静だ」
だが、とヴィアンテは優しく言う。
「今は、ゆっくり寝な」
それは、いつもの表向きな表情や声ではなく。
心からの、というか。
本当に、というか。
最初は怖かった。
殺される、と思って。
でも、色々なヴィアンテの表情を見て。
本当は、怖くなくて、普通の人なんじゃないかな、と思う。
優しくて、でも、少し怖くて。
冷たいようで、温かい。
ドクン――
「え……」
ボクの胸の奥が、少しだけ熱くなった。
そろそろ夢の世界へと行く意識の中。
優しくボクを撫でるヴィアンテを見ながら。
ボクは、今まで出逢ったことのない感情に出逢った。
ともだちにシェアしよう!