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第3話

 イリア先生が部屋を出た後、少ししてから、ヴィアンテが部屋に入る。  少し面倒臭そうに。 「飯の時間まで、まだあるだろ? ロザリア」 「え? ああ、まだあります」 「本当なら、この家の中を歩いて、案内してもらおうと思う予定だったが、それを変更する」 「え、大丈夫です。ボク、歩けますよ?」 「なら、そのベッドから俺のいる部屋の扉の方まで歩いてみろ」 「よ、余裕です!」  とは、言ったけど。  力があまり入らない。 ――おかしい、昨日まではできたのに。  チラッと、扉にいるヴィアンテを見る。  すると、ヴィアンテは、ため息を吐く。 「イリアの言ったとおりだ」 「先生の……?」 「さっき、帰り際にな。俺に、お前の病気のことを教えてくれた」 「ボクの病気……」 「お前、自分の病気が何か知らないのか?」  ボクは、そう訊かれて。  ハッとした。 「全く知らない」 ✟  知らなくて良い。  知る必要がない。  ボクを思い、みんな黙っていた。  だけど、ボクはそれを一番知っておくべきだったと思う。  知らないといけないことだった。 「ヴィアンテは、知ってるのですか……?」 「さらっとな」  ヴィアンテは、ボクを寝かせながら言う。 「ロザリアは、この家のことをどこまで知っている? どんなことでも良い。話してみろ」 「えっと……。イラウェン王国を支えている、てことだけです。他は知りません」 「親に訊かないのか?」 「聞いても、知らない、と……」 「変だと思わないのか? 見た感じ、古い建物のようだ。今どきの館じゃあない。数百年前の館の造りをしている」 「そうなんですか?」 「……お前、外に出たことはないのか」 「ええ。身体が弱くて」 「本当にそうか? お前は身体が弱いから、外に出られず、全てのことを家の中で過ごしているってさ。俺は違うと思うよ」  ベッドに腰を下ろし、ヴィアンテはボクに言う。 「イリアからは、言わないように言われたが。俺はあいつの言うことを聞くつもりはない。だから、言うけどよ」 「え? えっと、はい」 「お前、病気なんか罹ってなかったよ」  ヴィアンテは、ボクに背を向けているから。  表情は、よく判らない。  だけど、声はいつもの威圧的なものでも、優しいものでもなく。  悲しそうな声だった。 ✟ 「どういう……こと……ですか」  ボクが、震えた声で言うと。  ヴィアンテは「さあな」と言う。 「でも、あいつが言うってことは、本当だろう。お前は、普通に生まれ、普通に学校に通えるはずだった。だが、お前には特殊な能力がある。それのせいで、家に閉じ込められている」 「…………」 「その能力は、人によって幸せになるし、不幸せになる。人の人生を狂わせるもんだ」 「父さんは知っているの……?」 「知っているだろ。だから、お前を閉じ込めているし。イリアを医者として呼んだんだろ」 「……イリア先生って、一体」  ヴィアンテの昔からの友人。  ボクの主治医。 「ねえ、ヴィアンテ」  ボクが呼ぶと、ヴィアンテはボクの顔を見る。 「どうした、坊っちゃん。知りたくなかったか?」 「…………」 「けど、お前は知らないといけない。知った上で、選択をするんだよ」 「選択……?」 「今ならまだ間に合う。俺と共に、この家を出るか。ずっと、このでけえ鳥籠の中で生きて、あと数ヶ月の命を終わらせるか」 「数カ月の命……」 「段々、何もできなくなる。身体が全く動かなくなり、植物状態になり、そして死んでいくだろう。イリアによると、そういう呪いだそうだ」 「呪い……?」 「お前を永遠に、この家のものにするための、な」  ったく、とヴィアンテは面倒臭そうに頭を掻く。 「人間ってやつは、とことん面倒だな」 「……ヴィアンテのこと、聞いてから。選択して良い……? それでも、間に合いますか?」 「俺のこと? まあ、そうか。得体の知れねえもんとは、行動できねえよな。思ったより、お前は冷静だ」  だが、とヴィアンテは優しく言う。 「今は、ゆっくり寝な」  それは、いつもの表向きな表情や声ではなく。  心からの、というか。  本当に、というか。  最初は怖かった。  殺される、と思って。  でも、色々なヴィアンテの表情を見て。  本当は、怖くなくて、普通の人なんじゃないかな、と思う。  優しくて、でも、少し怖くて。  冷たいようで、温かい。  ドクン―― 「え……」  ボクの胸の奥が、少しだけ熱くなった。  そろそろ夢の世界へと行く意識の中。  優しくボクを撫でるヴィアンテを見ながら。  ボクは、今まで出逢ったことのない感情に出逢った。

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