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番外編 生命(いのち)の線引き

夜がしらみ始めた頃。 ガタンという音で目が覚めた。 紗智さんもすくっくと起き上がり、戸を開けると、そこに控えていた吉崎さんと目が合った。 「動くなと言われたはずだ」 「誰かいる。気配を感じた」 「誰かって……」 耳を澄ませ、薄暗い廊下を鋭い眼差しで凝視(みつ)めた。 「誰もいないぞ」 「そんな訳ない」 紗智さんが身を乗り出しキョロキョロと辺りを見回した。ちょうどその時、太惺が突然火が付いたようにギャンギャンと大きな声で泣き出した。 大丈夫だよママはここにいるからね。抱き上げて横に抱っこしてあやしていると、ひんやりと冷たい風に背を撫でられどきっとし後ろを振り返ると、僕と紗智さんと子供達しかいない部屋に女性が立っていた。 その女性はニヤリと薄笑いを浮かべると、何ら躊躇することなく、手にしていた黒い鉛の塊を僕じゃなくて、布団の上で大の字で眠る一太に向けた。 「止めて!」 ありったけの声をかき集め大声で叫んだ。 「…………彩さん、止めて!」 憎悪に満ちた表情でそこに立っていたのは、たいぶ顔が変わっていたけど、間違いなくお兄ちゃんの元奥さん、義理のお姉さんだった彩さん、まさにその人だった。

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