658 / 3634

番外編 忍び寄るズーノンの影

一睡もせず僕たちを守ってくれた彼。午前中に会合があるみたいで、幼稚園バスを見送ったのち、出発ギリギリまで遥香と遊んでくれた。鳥飼さんを弾よけに残し、後ろ髪を引かれる思いで何度も後ろを振り返りながら帰って行った。 「鳥飼さんでしたっけ?何か召し上がったらどうですか?」 用意して貰った朝ごはんやお昼ごはんには一切見向きもせず、鋭い眼差しで警備を続ける鳥飼さんに心配した和江さんが思わず声を掛けた。 「オヤジに代わり姐さんを守るのが俺の役目です」 「それで倒れたら、もともこうもないでしょう。おにぎりなら片手でも食べれるでしょう。少し待っててくださいね」 パタパタとスリッパの音を立ててダイニングに駆けていった。和江さんと入れ違いに惣一郎さんが姿を見せた。 「九鬼総業の若頭だったと息子から聞いたが……」 「今は菱沼組で部屋住みの身で、姐さん専属の弾よけです」 「後悔していないのか?」 はい、一切躊躇することなく即答する鳥飼さん。 「そうか……」柔らかな陽ざしに照らされる山の稜線を険しい表情で見上げる惣一郎さん。 「相手は得たいの知れない強敵だ。決して、死ぬんじゃねぇぞ。そんなのは恩返しにはならない」 惣一郎さんの言葉にはっとする鳥飼さん。 「すっかり忘れていたが播本からの伝言だ。九鬼睦を養子に迎えることにしたそうだ。息子の嫁として、看板息子として、毎日慣れないなりにも健気に頑張っているそうだ。3ヶ月以内に結婚式の招待状を送るから捨てずにちゃんと目を通してくれって……良かったな」 睦さんを守りきれなかった自分への戒めとして一切睦さんとは連絡を取り合っていなかった鳥飼さん。その目には涙が浮かんでいた。 「お前さんは、身を固めないのかい?」 「俺は・・・・・・」 そこで言葉を止める鳥飼さん。 何気に目が合い、優しく微笑みかけられた。 「一生涯姐さんだけを愛し、この命に代えても守り抜く、そう決めたので・・・・」 「そうか」 惣一郎さんは驚きながらも温かい眼差しを鳥飼さんに向けた。

ともだちにシェアしよう!