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第15話:愛しくて大切なひと

 最初、部屋を借りた時、一人暮らしには大きすぎる浴室だと思ったが、二人で入るとちょうどいいと今日初めて知った。何だか得をしたような気分になりながら、湯が溜まる音を聞く。  浴槽が湯でいっぱいになるには、まだ数分はかかるだろう。 「…………お前って、結構男らしいよな」  脱衣所で服を脱ぎながら、隆司がぽつりと呟く。言われた相手は、「ん?」と首を傾げながら不思議そうするだけだったが。 「脱ぐ時、少しぐらいは恥ずかしがると思ったんだが……」  儚げで可憐な顔のくせして、湊は浴室に入る際、躊躇いもなく服を脱ぎ捨て、堂々と中へ入っていった。 本当に、もういっそ、こちらが清々しくなるほど堂々と。 「でも、ついてるものは同じだし、それに僕の裸はホテルで見てるじゃないですか」 「状況が違うだろ、状況が」  少しぐらい、恥じらいを見せてくれてもいいではないか。初めて二人で裸を見せ合うのだから。隆司は胸のうちで、小さな愚痴を吐きだす。 「もういい、とりあえず湯が溜まるまでもう少しかかりそうだし、先に身体洗うか」 「あ、はい。でも、その前にちょっと待っててください。後ろだけ、洗っちゃいますから」 「後ろ?」 「ええ、一応病院のトイレで処理はしたんですけど、まだ残ってると思うし……」  そこまで聞いて、漸く隆司は湊が何を言っているのか理解する。湊は木尻が残した痕を流したいと言っているのだ。 「そうか…………――――分かった」  納得して頷いた隆司が、おもむろにシャワーを手にとる。そしてコックを捻り、湯を全開にした。 「ほら、いつまでもそんなところに立ってないで、早くこいよ」  浴槽の端に腰をおろし、湊を手招きする。 「……え?」 「後ろ、洗うんだろ?」  少しの間、二人に沈黙が降りた。その間、ザーザーとシャワーが流れる音だけが響く。 「ち、ちょっと待ってください。まさか、隆司さんが……?」 「ああ、そのつもりだけど」  当たり前のように言うと、湊がぽかんと口を開けて時を止めた。やや間抜けな顔だが、隆司の目には愛らしいものにしか見えない。  しかし湊の方は、そんな隆司の目の前でハッと顔に驚きを浮かべると、首を振り切れんばかりに振って拒んだ。 「そんなのダ……ダメです!」 「どうして?」 「どうしてって……汚いし……」 「さっきも言っただろう。お前に汚いところなんてないって。それに――――」  空いている手で湊の手を掴み、自分の元に引き寄せる。 「木尻の痕が残っているって言うなら、俺が全部消してやりたい」  隆司は願うかのように、真剣に訴えた。きっとこんな風に頭を下げてまで木尻が残した痕に触れたいと請うのは、嫉妬をしているからだろう。自分が触れたことのない場所を、木尻が触れていたと思うと、湊の答えを待たずして洗い流してしまいたくなる。  けれど、湊には無理強いをしたくない。隆司は耳元でもう一度、心からの願いを告げた。 「分かり……ました。隆司さんに、お任せします」  気持ちが伝わったのか、湊は戸惑いを見せながらも小さく了承する。 「ありがとう」  湊から許しを得た隆司は、持っていたシャワーをゆっくり上げ、まず湊の身体に湯をかけた。  適温に温まったシャワーの湯が、湊の珠のように艶やかな肌を滑っていく。  ただ、やはり湯をかけただけでは、目に見える痕は消えない。それがいつまでも湊の下に居座ろうとする木尻のように思えて、隆司は思わず目に入った鎖骨の痕に唇を落とした。  こうやって、残る痕は全て塗り替えてやる。 「俺はこういうことするの初めてだから、多分もの凄く手際が悪いと思う。でも、できるかぎりお前を傷つけたくないから、どうすればいいか教えてくれるか?」  男同士のセックスは、男女のものとは違う。下手をすれば受けいれる側に大怪我をさせてしまうこともあるのだ。経験のない自分の不手際が原因で、湊に痛い思いをさせるのが嫌だった隆司は、恥も捨てて手順を湊に聞く。 「……お湯をかけながら中を指で開いて洗う、でいいと思います」  一直線に聞かれた湊は恥ずかしそうに視線をそむけながらも、「いつも自分ではそうしている」と告げる。 「分かった」  落ち着いた声で返すと、隆司は湊の肩にかけていたシャワーを腰の辺りまで下げ、もう片方の手を雪のように白い臀部にそろりと這わせた 「触るぞ」 「あの……隆司さんの首に、抱きついていてもいいですか?」 「ああ、構わない」  湊が、座っている隆司の首に抱きつく。中腰の姿勢で辛くはないかと心配になったが、湊はこのままでいいと首を横に振った。 「ん……」  肩越しに見えた双丘の間にゆっくりと指を押し当て、入口に触れる。柔らかく弾力のある窄みに触れた瞬間、湊の全身に力が入った。  緊張しているのが、手にとるように分かる。かくいう隆司もまた、酷く緊張していた。  初めて、湊の中に触れる。その高揚感で指に力を入れすぎないか不安だったのだ。  自然と、息を呑んでしまう。  「ゆっくりやるから、痛かったらすぐに言うんだぞ」  なるべく指先に力を入れないようにして窄まりを押すと、意外にあっさりと入口が開いた。  ここはそこまで簡単に開く場所だったか。自分で開いた経験はもとより、他人のものを開いた経験のない隆司には基準というものが分からない。ただ、自分の勝手な想像では、かなり頑なな場所だと思っていた  湊が隆司のやりやすいよう力を抜いてくれているのかとも一瞬考えたが、身体のほうは緊張に筋肉が固まっている。  ということは、やはり――――。  考えられる一番の原因が、木尻しか思い浮かばない。多分、数時間前までここで木尻を受け入れていたから、まだ柔らかさが残ってるのだろう。  分かってはいたが、事実を目の前にすると胸が苦しい。  頭では優しくしたいと思っているのに、つい無意識のうちに早く木尻を洗い流してしまいたいと気持ちが逸ってしまう。 「ん……っ……フフッ……」 「何だ、突然笑って」 「隆司さん、本当に初めてなんですね。触り方が、すごく慎重……あと、緊張してるのがよくわかります」 「悪かったな、経験不足で」  湊の言葉は間違っていないし、経験も湊の方が断然上だ。分かってはいるが、改めて経験不足を指摘されると悔しい。 「慎重ってことは、もう少し手荒くしてもいいってことだな?」  意趣返しとまではいかないが、お返しと言わんばかりに中指が第一関節まで潜ったところで、入口を探る指にシャワーヘッドを向ける。すると、入口に湯が直接当たる感覚に、湊が身体を震わせた。 「やっ……隆司さん、お湯が中に当た……」  指を大きく回す時にできる隙間から湯が入り、中に当たると訴える湊。けれど隆司はそのままゆっくり、けれども確実に奥へ奥へと指を回しながら進めた。 「気持ち悪いか?」 「違……でも、……んっ……」  隆司が聞いても、湊は明確な答えをかえさない。けれど、ちらりと見上げた湊の顔には苦痛の色が見られなかった。どちらかというと感じはじめているような、そんな風に見えた隆司は、滑りこませるように二本目の指を中へと潜らせる。  すんなりと二本目を受けいれた湊の中は、増えた圧迫に抗おうと、まるでそこだけ別の生き物のごとくうねっていた。襞が、隆司の指を締めつける。  隆司のほうもその抵抗に抗わんと中で指をバラバラに動かし、その都度開く入口のわずかな隙間に湯を当てることを絶やさなかった。  シャワーが当たる音に混ざって、指で後孔を掻き回す音がやけに淫猥に響く。 「ぁ……ん、っ……」  続けていると、今まで困惑が強かった湊の声に甘さが混ざってきた。  密着している隆司の鳩尾の部分に、硬いものがあたる。  同じ男だから、隆司にはすぐにそれが熱を持った湊の肉芯だということが分かった。  男というものは、気持ちいいかどうかが一目で分かる素直な生き物だ。湊が感じているのは事実だろう。そして与えているのが自分だと思うと、とてつもない喜びを感じた。 「湊、お前の感じるところ、教えてくれ」 「もう……少し奥の……っ……そう、そこ……っ……ンンッ」  湊の道標に導かれ指をさらに奥へと進めると、不意に指に纏わりついていた襞が、ギュッと収縮した。  ここが湊の一番感じる部分。  少し強めに押すと、途端に湊の身体が大きく震えた。 「あっ、や、そこ、強く、ダメっ」 「でも、気持ちいいんだろう?」  隆司の肩に乗せた湊の頭が、隆司の問いかけを肯定するように大きく頷く。 「ね……隆司、さ……」 「何だ?」 「僕……隆司さんが、欲し……い……」  少しだけ身体を起こし、隆司の首に絡めていた腕を外した湊が、そっと腕を自分と隆司の間に移動させる。真っ赤な顔をした湊の指がやんわりと触れたのは、いつの間にか力強く天を向いた隆司の雄芯だった。  その芯を愛おしそうに撫でられ、背筋が震える 「いいのか、まだ入れるには辛いんじゃ……」 「大丈夫……です」  そう言う湊の足は、ガクガクと震えていた。恐らく、もう立っているのが辛いのだろう。 「……じゃあ、ちょっと待ってろ」 「え……?」  湊から身体を離し立ちあがると、隆司は足早に脱衣所からバスタオルを持ってくる。そして、それをタイルの上に広げた。 「少し固いとは思うが、この上で横になれるか?」 「はい……。でも、フフッ……やっぱり隆司さん、何もかもが初めてなんですね」  普通なら、このままタイルの上でやっちゃうのに、とタオルの上に横になりながら小さく笑う。 「けど、隆司さんの初めてを僕が全部もらえうんだと思うと、すごく嬉しい。だから――――隆司さんのソレ、も早くください」  熱い眼差しでこちらを見つめる湊の目が、もう待てないと催促する。ダイヤモンドですら砕きそうなぐらいの破壊力がある色香に感化された隆司は、興奮で荒くなる息を抑えながら横になる湊の足元に膝を着き、タイルに投げだされた白い膝を大きく割った。さらに膝裏を持ちあげると、タイルからわずかに腰が浮き、真っ赤に熟れさせた蕾が明かりの下に晒される。 「っ……」  唾を飲みこんだ喉が、大きく鳴った。  欲情に支配された秘奥へ埋めてくれる熱の塊を、今か今かと待ち侘びるように緩く開いた後孔が、入口を妖艶にひくつかせている。  何て美しく、そして卑猥なのだろうか。 「いいか、入れるぞ」  ゆっくりと腰を落とし、湊の後孔に猛り立った自身の肉棒の先をつける。柔らかな蕾は、腰を軽く押しただけで隆司をいとも容易く受け入れた。  今や全ての快楽が集中する場所を、程良くきつく、そして柔らかな熱に包まれる感覚は言葉にできないほど気持ちのよいものだった。  あまりの快感に、たちまち理性を失いそうになる。 「くっ……」  だが、ここで本能の塊となって腰を動かしてしまえば、湊を傷つけてしまう可能性があると、隆司は歯を食い縛って理性をとどめた。 「隆……司さ……っ」  その時、ふと隆司の頬に柔らかなものが触れた。  それは挿入の圧迫に耐えながらも、精一杯伸ばした湊の指だった。 「僕は……大丈夫ですから、もっと奥に……」 「だ、が……」 「いい……です……っ、少しぐらい乱暴にされた方、が……嫌なこと、忘れ……っ、られるから……」  だからお願いしますと強く懇願されると、障害が消えた隆司の頭から自制が消えた。  湊が望むなら、我慢する必要はない。 「……いくぞ、湊」  一度腰をギリギリまで引き、一気に最奥まで突きいれる。 「ん……んぅ、ンン……!」  自分とのセックスで、湊の中から木尻の影を全て追いだす。その思いだけで何度も腰を引き、そして奥まで結合させては、また引く。 それはあたかも、二人で悪夢を消し去る儀式のようにも思えた。 「ああぁっ! ぁっ、強……い……ッ」  挿入している隆司ですら締めつけられる圧迫に、時折痛みを感じるぐらいだ。受け入れている湊は、相当苦しいはず。けれど湊は、一度として制止を求めない。 「もっと、もっと……隆司さんを……っ、感じ……させてっ」 「ああ、お前の中から木尻が完全に消えるまで何度だって、何時間だって……ずっと、感じさせて……やるっ」  隆司は腰を動かしながら、指で探った時に見つけた湊の性感帯に触れるよう、少しずつ角度を変えていく。 「ん……ぁあっ、あぁんっ!」 「……ここか」  湊が見せる反応で性感帯を探り当てた隆司は、そこばかりを狙って腰を律動させた。 「ひっ、ぁ……やっ、んぁっ! 感じ……すぎて、おかしく、なるっ!」  酷く切迫しているというのに、甘く、淫靡に響く湊の声が、隆司の雄を直接愛撫するかのような衝撃となって下半身を駆けめぐる。 「やっ、ぁっ、中で……大きくな……っ」  大きな瞳に目一杯涙を溜めながら、頬を赤く染める。その表情は、性行為が初めての隆司でも、気持ちがいいのだろうと分かるほど、恍惚に浸っていた。  湊の表情が、身体が、自分とのセックスで快楽に侵食されていく。恐らく、今、湊の心にいるのは自分だけだろう。そう思うと、胸の奥から歓喜が湧きあがった。 「湊……っ……愛してる」  それは、無意識のうちに口から飛びでた言葉だった。 「俺の一生をかけて……、お前を幸せにするから、ずっと俺の側に……いてくれっ」 「隆……司さ、あっ、んんっ、ひゃっ!」  隆司が与える熱に酔いしれながらも、湊は必死に理性を掴もうとする。 「いるっ……いまっ、す、ずっと……貴方の、ンンッ……隣にっ!」  限界を迎える間際、力を振り絞って吐きだした言葉は、隆司に心からの安堵と、そして今まで以上の欲情を生ませた。  もう、止まることはできない。  隆司は完全に理性を手放し、本能だけで腰を押しつけた。 「やっ、いやっ、も……っ、ん、あぁぁ────ッ!」 「くぅ……っ」  湊の中が、一層狭く収縮する。  その刺激で熱を放出させた隆司が、吐きだした雫を湊の中に注ぐと、続けるようにして湊の塊が弾け、隆司の腹を濡らした。 「はぁ、はぁ……」  浴室というやけに声が響く空間に、二人分の熱い息の音が響く。 「み、なと……」  ズルリ、と湊の中から自身を抜きだし、濡れたタイルの上でぐったりとする湊に声をかける。湊は荒い息を繰りかえしながら、こちらに向かって笑みをかえしてくれたが、恐らく体力は限界だろう。 「一度……外に出よう」  こんな状態で風呂に入れたら、湊が倒れてしまう。そう判断した隆司は、湊の身体を起こすと軽くシャワーをかけ、新しいバスタオルで包んで抱きあげる。そして、そのまま自分の部屋へと運んだ。

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