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【Kingdom Beneath the Sea】ノッキ@乃木のき

脈打つ心拍のように繰り返す波の音に目を覚ますと、そこは真っ白な砂浜だった。どこを見ても一面の青。空も海も夏色に染まっている。 置かれている状況がわからなくて、渡貫涼太(わたぬきりょうた)はあたりを見渡した。こんなにきれいな海だというのに自分のほかはだれもいない。ただ寄せては返すを繰り返す波間にパラソルが開いている。 「おめざめですか?」  低くて深みのある声がかかる。振り返ると真っ白な上下のスーツにパナマハットとまるで海には似つかわしくないかっこうをした男が立っている。 「良ければお飲み物でも」  慇懃に手を差し伸べられ思わず取ってしまった。エスコートされながら波打ち際に連れていかれる。裸足に海の水はひやりと冷たい。くるぶしまでの深さを渡ってパラソルの下にたどり着くと席を進められた。  言うままに座ると男は満足そうにうなずき、向かいに腰を下ろした。   「あの、ここは……」  確かさっきまで波の状態を見ようとサーフィンボードを抱えながら自宅そばの砂浜を歩いていたはずだ。人はたくさんいたし、こんなにきれいな海じゃない。いったい何が起きているのか。 困惑を浮かべる涼太に男は真面目にこう答えた。 「ここは竜宮城です。わたしは乙姫」 あまりにも予想外の答えに涼太の表情が固まった。まじめな冗談に頭がついていかない。それともここは笑うところなのか? 「えーっと、すみませんよく聞き取れなくて」  足元の波がちゃぷちゃぷと音を立てている。問い返すと男はもう一度同じ言葉を返した。 「ここは竜宮城でわたしは乙姫ですよ、涼太さん」  涼太は曖昧にほほ笑みながら、今すぐにでも立ち去ろうと思った。夏の暑さにちょっとイっちゃった大人がいるって通報した方がいいかな。 「あーそれはどうも、ではこれで」 このまま帰ってしまおうと立ち上がりかけたころ、筋肉ムキムキの大男がトレイにグラスを乗せて運んできてそれを涼太の前に置いた。丸いグラスのフチに乗ったパイナップルが甘い芳香を放つ。海と同じ青色の飲み物がキラキラと太陽を反射させた。 「あなたのためにご用意しました。どうぞ」  差し出されたものを断るのも気まずく、涼太はもう一度座るとそれを手に取った。  こんなあやしいものを飲んでもいいのか。嫌な汗をかいてきた。いったいどういう状況なんだ。運んできた大男はじっと涼太が飲む姿を見つめている。 ためらう涼太に自分を乙姫だと言い張る不審な男は小さく笑みを浮かべると「これはお礼の気持ちなんですよ」と言った。 「先日、このウミガメがあなたに助けてもらったと言いましてね。お礼をしなければとお誘いしたのですが、ご迷惑でしたか?」 「ウミガメ……? 助けた……あ、」  記憶をたどって思い出した。確かに数日前に砂浜で波を見ていたらカメがひっくり返ってジタバタしていた。触っていいのか迷ったうえでこのまま弱ってもかわいそうだしと元に戻してやったのだ。 「ああ……あのカメ……」 「そうです。間違えて砂浜に打ち上げられたときに誰かにいたずらをされてしまいまして。ひっくり返って困り果てていたところ、あなたに助けられたと。ありがとうございます」 「ありがとうございました」と言葉を重ね、頭を下げるマッチョに涼太はさらに頭を抱えた。このムキムキな男がウミガメだっていうのか。わけがわからない。 「いや、お気持ちだけで……」と断ろうとしたが、ウミガメらしい男はじっと期待を込めた視線をむけてくる。  仕方ない、死ぬことはないだろうと覚悟を決め一気に飲み干した。 「あ、美味しい……」 予想外にその飲み物は汗ばんだ体に染みわたり火照った体をほどよく冷やしてくれた。おかわりがあるなら欲しいくらいのおいしさだった。 「なんかよくわかりませんが、お役に立てたのならよかったです。このジュースも御馳走さまでした。美味しかったです」  頂くものは頂いたしご希望も叶えたことだ。長居は無用とばかりに立ち上がろうとすると、それを見守ったスーツ姿の男は満足そうに口角を上げた。 「お口にあってよかった。では行きましょうか」 「は?」  そばに控えた大男が涼太を抱え上げると、同時に立ち上がった男の後をついていく。 「え? おい、ちょっと、離せよ!」  バタバタと暴れるけれどびくともしない男はずんずんと海の中へと足を踏み入れていった。膝、腰、とどんどん深くへと潜り込んでいく男に恐怖を感じながらもしがみついた。このままじゃ溺れてしまう。 「やめろ……助けてくれ!」 真っ青になり慌てる涼太に乙姫と言う男はニコリと笑みを浮かべた。 「先ほどの飲み物を口にされたので海の中でも平気ですよ」 「は……?」  気がつけば水面ギリギリにまで沈み、顔が水についた。ギュっと怯えたように目を閉じるが言われてみれば確かに息苦しくない。ブクブクと口から泡が上がっていくけれど呼吸ができていた。 「どこに連れていくんだよ。おれをどうするつもりだ」  不思議と海の中だというのに会話もできる。 「だから言ったじゃないですか。この子を助けてもらったお礼をしたいと。さっきの場所は正確には竜宮城の入り口です。ここから先はあれを飲んで生きていられた人間しかたどり着けません。あなたにはその資格がありました。本当の竜宮城へとご招待しますよ」  もっと早く逃げればよかったと後悔したけれど遅すぎた。涼太はまるで本物のカメのような広い背中のマッチョに抱えられたまま海の底へと潜っていく。太陽の光が届かなくなった場所へついたとき、そこには瀟洒な建物が門を開いていた。 「お帰りなさいませ、乙姫様」  執事然とした男が控えていて迎え入れられた。 「ようこそ涼太さま。ごゆるりとご滞在くださいませ」  そこは庶民である涼太には縁のない、どこか外国の高級なホテルを彷彿とさせた。ここが海の底だとはにわかに信じられない。 「どうぞこちらへ」  呆然としながらも誘われるままついていくと煌びやかな部屋へと足を踏み入れた。大きなテーブルの上には真っ白で清潔な布がかけられ、いくつもの燭台が飾られている。磨き込まれた食器がセットされた上座へと案内されるとそこに座るように指示を出された。 「ただいま食事をお運びします」  乙姫が向かい側の席に座ると静かな音楽が流れ、蝋燭に火がともり始める。しずしずと食前酒が運ばれると広いホールの中に数組の男女が表れ音楽に合わせて踊り始めた。 「涼太様、さ、どうぞおあがりなさい」  次々と運ばれてくる料理はどれも素晴らしくおいしく、不思議なことにいくら食べても満腹になることはない。もてなされるようにお披露目される芸の数々にも目を惹かれ夢中になった。 「涼太様はいつも海で泳がれていますよね。海はお好きですか?」  落ち着いた声色で問われるとお酒で染めた頬を緩めながら「波乗りが好きなんです」と答えた。 「もちろん大きな波が怖いと思うときもありますよ。でも、それに乗れた瞬間のあの気持ちの良さがあるからやめられないんです」  まるで大きな獣に挑むかのように向かっていく時の高揚もたまらない、と涼太は続けた。  「乙姫さんはやらないんですか、サーフィン」 「そうですね。見ていると楽しそうだなとは思いますが、やったことはないですね。今度教えてもらえませんか?」  胡散臭いと思っていた男も話してみればいい人っぽいし、なにより涼太に興味を持ってくれているらしいのが嬉しい。 「いいですよ。俺でよければ教えます」 「楽しみだな」  そう言いながら目元を緩める男はよく見ると綺麗な顔をしていた。さすが乙姫だけあるなと酔った頭の隅で考えた。    おなかもいっぱいになったし、いい具合に酔ったし、どうやってここから帰ろうかと思っていた涼太に「お部屋のご用意ができました」と執事がやってきた。 「今夜はどうぞお泊りくださいませ」  でも、とためらう涼太に乙姫も寄り添い「泊まっていけばいいですよ」という。 「じゃあ。お言葉に甘えて……」  そう答えたことが正解なのか、逃げる最後のチャンスを失ったのか、その時の涼太にはわからなかった。  案内された部屋は広く天蓋のついた大きなベッドが部屋の真ん中に置かれていた。ベッドサイドには繊細な模様が施されたテーブルが置かれ、ステンドグラスのライトが淡い光を放っていた。フカフカの絨毯に足が沈む。 「すげえ」  さっきから起こることの全てが幻の様で、やっぱ夢なんだなと涼太は思った。こんなことが現実に起きるはずがない。だったら目が覚めるまで堪能するのみ。  広いベッドに飛び込むとしっかりとしたスプリングが涼太の体を受け止めた。すぐにきしんだ音を立てる自分のベッドとは大違いだ。ピョンピョンと飛び跳ねていると部屋がノックされた。出ると乙姫だった。 「どうですか。ゆっくり休めそうですか?」 「こんなに良くしてもらっていいのかなって思うくらい、いい感じですよ」  弾けるような笑顔を浮かべた涼太を眩しそうに見つめ、乙姫は「そうですか」と笑みを浮かべた。 「何か必要なものがあればお持ちします。お飲み物でもいかがですか?」  問われて、涼太は考える。 「なら。もう少し話でもしませんか?」  この不思議な男ともう少し話をしてみたかった。  乙姫というのは本名なのか、いったいどういう人なのか。もう少しわかってみたかった。 「いいですよ」と答えた乙姫は自室へと涼太を誘った。 「わたしの部屋でよければ。ご案内します」  乙姫の部屋は涼太に当てられた部屋とはガラっと変わって、どちらかといえばシンプルで華美なものとは程遠い雰囲気だった。 「ゴテゴテしたものは苦手でして」  そう言って笑う乙姫の部屋の棚には瓶に入った貝殻やシーグラス、大きな波の写真など海のものがいっぱい飾られている。 「海、好きなんですね」  それらを眺めながら問いかけると乙姫はじっと涼太を見つめ「そうですね。好きですよ」と答えた。 「海の底にずっといると、時々、どこかに逃げたくなるんです。太陽の日を浴びてキラキラと輝く波も、真っ白で美しい砂浜もみんな綺麗で……憧れてしまうんです」  そう話す乙姫はどこか諦めて悲しそうな色を浮かべた。 「わたしにはお勤めがあるのでそれは叶わない願いなんですけどね。だからあなたが羨ましい」 「お勤め?」 「そう、とても大切なお勤めがあるんです」  そういうと乙姫は涼太を抱き寄せ唇を寄せた。 「う、むっ」  目の前に綺麗に整った乙姫の顔があった。……あった、というより重なっているというべきか。薄めの唇が涼太の口をふさいでいる。啄むように動いていてそれが角度を変え、深く潜り込んだ。  体温を感じさせないくらい冷たい乙姫の舌先が器用に涼太の官能に火をつけた。 「乙姫さん……」  抱きしめると細くしなやかな身体が涼太を抱きしめ返した。触れる口づけは深く情熱的に変わる。 「ずっと見ていたんです。あなたのこと」 「え……」 「煌めく波間にあなたが跳ねる姿を見てから……愛おしくて、欲しくて、たまらなかった」  濡れた唇が首筋を這い、小さな痛みをもたらした。滑り込む手のひらが肌を撫で、確実な刺激を与え始める。 「あ、……っ」  与えられる刺激は今まで感じたどれとも違って、一つ残らず快楽をもたらした。じっとりと濡れる欲望はすぐにでも弾けそうなのにたどり着かない愛撫はそれを焦らした。 「あっ、あ、乙姫……」 「可愛い涼太……君がわたしの腕の中にいる」  引き締まった胸の先端にある色づく果実を口に含むと、チロチロと舌先で刺激をする。それだけで達しかけた涼太を抑え込み乙姫はフルフルと首を振った。 「まだ駄目ですよ。あなたの子種は一滴残らずわたしにください」 「あ、ああっ、あ、」  ギュっと閉じ込められ行き場を失った刺激は全身を駆け巡りさらに新たな快楽を産んだ。涼太は何度も頂点に達しかけては連れ戻され、そのたびに懇願するように腰を振った。 「可愛らしい。なんていやらしくて魅力的なんでしょう」  愛おし気に撫でてっぺんに連れて行きながら引きずり落される。怖いくらい強い快楽に涼太は涙をこぼした。 「気持ちいい。乙姫、早くイキたい」 「ダメですよ。まだまだ。我慢して」  焦らされてようやくたどり着いた直接的な刺激に涼太は身を震わせ達そうとした。だけどそれを乙姫は許さない。  「まだだって言っているでしょう。もっともっと濃くして」  扱かれて先端をこすられるとプックリとしずくを浮かべる昂ぶりに乙姫は口を寄せた。甘露を舐めるかのようにそれを口にするとうっとりとした表情を浮かべる。 「ああ、美味しいです。涼太……やはりあなたがわたしの求めていた人」  ジュルジュルと音をたててむさぼられると、涼太はこらえようもなくガクガクと腰を揺らした。普段ならもう何度も達しているだろう。だけどその都度しめつけられ堰き止められる欲望はさらに濃厚さを増していく。 「あ、ああっ、もう、ダメだ……っ」  これ以上我慢はできない。  乙姫を押さえつけその上に馬乗りになるとしなやかな太ももを割り割いた。乙姫の可憐な桃色の昂ぶりも先端からしずくをこぼし、足の間を濡らしていた。 「あんただってこんなに欲しがっていたくせに」 「ふふ」  淫靡に咲く一輪の花に分け入ると、それは涼太の形にぴたりと寄り添いうごめくように締め付けた。 「あ、ああっ」  今まで耐えていた分、腰の動きは激しく止めることはできなかった。ガクガクと狂ったように振り小さな入り口を泡立たせた。 「出そう」  何度も行き場を失っていた快楽が出口を求めて荒れ狂っている。まるで暴力のように襲い掛かる熱に涼太は身を任せた。 「奥にぶちまけてくださいね、涼太さん」  耳たぶを噛まれながら囁かれて、涼太は呻くようにその願いをかなえた。どくどくと溢れる欲望は乙姫の内壁をしとどに濡らす。  きゅうきゅうと最奥で搾り取られるような感覚に腰の力が抜けていくようだった。 「すげ……」  ため息のような息を吐き、自身を抜こうと思ったがそれを乙姫は許さなかった。 「まだですよ。全然足りない。もっと、ほら、できるでしょう?」  ヒクヒクと誘うように動かされると性器は言いなりになるように昂った。乙姫の望むまま意識を失うまで何度も精を放つ。たっぷりと注がれるたび乙姫は生き返るように艶を増した。 「もっと。ねえ、わたしが孕むまで、もっとですよ」  そう笑う乙姫はこの世のものとは思えない美貌を滴らせていた。  目を覚ますとそこはいつもの砂浜で、あの真っ白な砂浜も真っ青な海もパラソルもどこにもなかった。身体を起こし、長く不思議な夢を思い出そうとしたが意識は曖昧だった。  波の音がひときわ大きく聞こえる。 「乙姫」  その名前を口にするとあの夢をもっと見ていたかったと残念に思った。いつの間にか心を惹かれてしまったあの人にもう一度会いたい。  ふと横を見ると小さな箱が砂に埋もれているのに気がついた。開けようかと思って一瞬ためらう。これを開けてしまったらもう二度と戻れないような気がする。 「……」  迷って、もう一度箱に手を伸ばした。  乙姫に会いたい。  蓋を開けるとモクモクと煙が立ち、体と意識が頼りなくなる。息が苦しい。ああ、死ぬのかなと覚悟を決めた瞬間目の前に真っ白な砂浜が見えた気がした。  近くで赤子が泣いている。 「乙姫」  名前を呼ぶと「涼太」と返事があった。 「戻ってきたんですね」  ああ、と涼太は答えた。海の底深くに閉じ込められたとしても、あなたに添い遂げよう。  顔を上げるとそこには赤子を抱いた乙姫の姿があった。  波間にパラソルが揺れている。 感想はこちらまで → ノッキ@乃木のき@nokkiny_moji

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