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第1話

前世の記憶が蘇ったのは30歳の誕生日。前世の俺は獣人もエルフもいない異世界で地味〜に生きていたおっさん。 死因は分からないが前世の記憶は34歳のぼっち誕生日の切なさまでだ。 童貞歴・計64年(あるいはそれ以上)。 嫌な記憶だなぁ……。 しかも生活の役に立ちそうな記憶は無いときている。 モテなかったとか魔法は無かったとか便利な乗り物はあったけど構造を知らないから再現できないとか。 ……今の生活の方が幸せかも。 俺は冒険者ギルドで働くイーノ、30歳。 冒険者ではなく、窓口係でもない。食堂の給仕係である。 このギルドでは窓口係のおっとり巨乳美人のうさぎ獣人(ただし人妻)が日々冒険者たちを癒している。旦那さまはギルマスなので知らずに彼女に言い寄るとレベル確認と称したきっつ〜いお仕置きが待っている。 異性婚も同性婚も普通にある世界で俺の好みは性別に拘らず「きれいな人」。えぇ、身の程知らずにも面食いなのです。俺自身は地味顔。前世に続き今世も地味顔。髪も瞳も焦げ茶色……。 良いんだ。 たまに来るエルフのリーフ様を遠くから眺めるだけで幸せなんだから。 それに給仕係だからテーブルまで飲み物や料理を運んで間近でその美しい顔を見られると言う役得もある。 畏れ多くて近づきがたいエルフだけどこの方は笑顔が優しいし、たまに美味しい果物をお土産にくれたりする。良い人!! 「エールとメシ! 3番だ」 「はーい!」 「おい、こっちワインくれ!」 「ワインですね!」 「肉! なんでも良いから肉!!」 「はーい、ただいま!」 小さな町のギルドの食堂で賑やかな時間が過ぎていった。 ーー リーフ side ーー 辺境の小さな町。 最果ての冒険者ギルドの食堂には可愛らしい給仕係がいる。人間だから自分の事を30歳のおっさんだと言うが、30歳などエルフからすればようやく成人を迎えたばかりの若者だ。 確かにすでに大人の見た目をしているが、雰囲気の柔らかさが人懐こい幼子のようだ。樹海で味の良い果物を見つけて渡すと、とても良い顔で礼を言う。 幸いな事に彼の魅力に気づいている者はいない。人間にとって彼の顔立ちは目を引く方ではないからだろう。だがバランス良く配置された小ぶりな目鼻はとても好ましい。 「イーノ、食事と飲み物を頼む」 「はい!」 愛想よく返事をして本日のおすすめ料理とすっきりとした味わいの酒を運んでくる。どうせなら一緒に食事ができないだろうか? 殊更ゆっくりと食事をして客もまばらになった頃、一緒に飲まないかと誘ってみた。 「良いんですか!? あ、タバクさんに聞いてきます!」 イーノは調理係と短い会話をしてから食事を運んで来た。 「夕飯まだなのでついでに賄い食べさせてもらっても良いですか?」 「もちろんだ。その方がゆっくり話せる」 笑顔で返事をすると目を丸くして頬を染め、俯いた。 「リーフ様の笑顔……きれい……」 「この顔は好ましいかな?」 「ぅえっ!? こっ、声に出てました!?」 「私の笑顔がきれいだと言ってくれたね」 「うひゃはっ! そ、そ、そ、その通りデス……」 人間達は口を揃えてエルフは美しいと言う。我々にとって当たり前の物を崇拝する人間達は不思議だが愛すべき者達だ。中には征服欲を見せる者もいるが、所詮は人間。知恵も魔力も足りず、精霊の加護の前には成すすべもない。 純粋な人間は本当に愛らしい。 「イーノ、休日は何をしているんだい?」 「えっと、屋台で朝食を食べて町の中を散歩して、小さな畑を借りて作っている作物の世話をします」 「……恋人は?」 「そんなのいません!」 大きな声を出した事に自分で驚いて小さくなるイーノ。そうか、やはり恋人はいないのか。 「良かったら私に畑を見せてくれないか?」 「え!? でも、本当に小さくて面白くないと思いますよ」 「だったら朝屋台も案内してくれ。私1人では食べない物が食べられそうだ」 「あ……朝から、リーフ様と……?」 にっこり笑って頷けば惚けたような顔でふにゃりと笑った。 ーー イーノ side ーー リーフ様の顔を見ながら食べた賄いは最高に美味しかった! しかもなんだか良い雰囲気で、デ、デ、デートまで誘ってもらっちゃった!! これは、もしかして気に入られてる? 果物くれるし、弟分とか親戚とか? うわぁ、どうしよう! デートって何着て行ったら良いの? あ、俺の服、全部同じだった。 染めていない普通のシャツに普通のズボン。寒ければマントを羽織る。以上。 畑に行くなら帽子もいるな。 あ、リュコができてるから冷やして一緒に食べたら喜んでくれるかな? 少し上流に行くと小さな滝になってて水が冷たくて美味しいんだよな。よし! 手ぬぐいも持って行こう。 2日後の休日デートに浮かれて翌日の仕事は失敗ばっかりしたけど、常連の人達は事情を知って笑って許した上に応援してくれた。常連じゃない人をなだめてくれたりもした。 みんな優しい!! デート当日、夜明け前に目を覚ました俺は、旬の野菜のリュコをカゴに入れて例の滝に沈めて冷やした。

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