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第14話
ーー リーフ side ーー
共に入ってきたイーノをなんだと思ったのだろうか。エルフを従わせる人間などいないのだから、気に入った者だと分かるだろうに。
どの程度の好意かが判断できなかったのか?
「それではリーフ様、『花畑の|香茶《こうちゃ》』も召し上がりませんか?」
「いや、それはやめておこう」
「花畑の香茶?」
イーノが不思議そうな顔をする。元々の名前は|花慕茸《はなぼたけ》の香茶で、香りが良く、酩酊感を得られるが媚薬ほど身体に影響がない茸を入れた茶だ。気持ちが素直に出る程度の効果だが、酒に弱いイーノにどう作用するか分からない。帰りの楽しみとしておこう。
イーノが興味を示したタルトだけ、追加で注文した。
ハーフエルフは人間達と同じく、エルフに憧れを抱いているので好意的だ。そのおかげで飲食代が無料になるのだが、イーノの喜ぶ顔が見られたのでチップをはずんでおいた。
ーー ハーフエルフ店長 side ーー
「リーフ様、今日もお美しかったな」
「チップがいつもより多いよ。チップなんて無くても来てくれるだけで良いのにね」
「私たちを受け入れてくれるエルフが存在している事が嬉しいのだからな」
他種族を好むエルフは少数派で、父または母以外のエルフから優しくされる事が稀な私たち。稀どころかここ50年にこの店を訪れたエルフは5人しかいない。うち2人は私の父と従業員の祖母だ。私はハーフエルフで、後の2人はクォーター。
ハーフエルフもクォーターエルフもそれなりに美しいと評されるが、純粋なエルフとの差は歴然で、私たちは彼らに強い憧れを抱く。けれど碧翠郷は私たちを受け入れてはくれない。
己を否定される哀しみが心の中にわだかまる。
だから、この街をエルフが訪れてくれると、承認欲求が満たされてとても幸せな気持ちになるのだ。中でもリーフ様は皆に優しい。
「あの人間、羨ましいな」
「リーフ様、いつも以上に優しかったね」
「あの人間のおかげかな」
碧翠郷で使われている食材にこだわるため、安くはできない。そのためかここに来る客の半数以上は料理以外のサービスを期待したり、ぼったくりだなどと言いがかりをつけ、料理に対して真摯に向き合おうとしない。隙あらば身体に触れてくる客も多い。
エルフの郷の料理はこんなに美味しいのに。
素直に味わってくれた|人間《イーノ》を好ましく感じて、皆で応援しようと話し合った。
ーー イーノ side ーー
美味しかった……。
郷土料理と聞くと素朴な料理を想像するがなにしろエルフの作るものだ。山森の恵み、川の恵み、さらに海の恵みも取り寄せて、複雑な味付けと香りが旨味を際立たせる。木の実のタルト1つで幸せに浸ってしまった。
その上、ハーフエルフとリーフ様の別世界の美貌を見ながらのひと時は幸せな幻術にかけられていたんじゃないか、と疑ってしまう。思わず頬をつねってしまった。
「イーノ、何をしている?」
「いててっ! いえ、その……、夢を見ているような気がして……」
思い切りつねったら心配されてしまった。現実だ。
少し赤くなったらしい頬をリーフ様に撫でられて、さらに朱に染まるおれ。頑張れ自分! 目を回すんじゃない!! この幸せを堪能するんだ!!
「夕飯まで宿で一休みしようか」
リーフ様の常宿は、3分の2を蔦に包まれた、赤い煉瓦ととんがり屋根の可愛らしい外観だった。
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宿屋さんの主人は小柄でふくよかな人間の女将さんはリーフ様と顔なじみらしい。この町ではいつもここに泊まると言うから当然か。
「ようこそリーフ様。今回はお連れ様がいるのね」
「あぁ。いつもの部屋を頼む」
「分かりました。ベッドはいかがいたしますか?」
「いつもと同じで構わない」
「あらまぁまぁ! そうですか。ありがとうございます」
いつもと同じ……。
今までは1人で泊まってたんだからベッドは1つだろう。抱き枕になる事について否やはない。むしろ大歓迎! だが。
女将さんにそれを宣言するのは恥ずかしい。
「よ……、よろしくお願いします……」
女将さんは蚊の鳴くような声で挨拶をしたおれを、温かい笑顔で迎えてくれた。
うわぁ!
すごい!
この部屋、すごい!!
広いけど続き部屋はなく、一部屋で、大きなベッドが蔓を這わせた衝立の向こうに置いてある。部屋の中には植物が溢れ、ガラスの嵌った大きな掃き出し窓から陽光が燦々と降り注いでいる。家具は全て曲線で構成され、植物と馴染んでいる。
チェストの上に飾られた切り花の他に、鉢植えの植物もいくつか花を咲かせていた。
「室内なのに森みたい!!」
「居心地は悪くないか?」
「最高です! あっ、あれは!?」
「ハンモックだ」
ハンモックってベッド代わりだと思ってたけど、椅子もあるのか。乗ってごらん、と言われて乗ったけど乗り心地はなんかこう、微妙だった。(苦笑)
おれはしっかりと支えてくれる普通の椅子の方が落ち着く。でも優雅にハンモックチェアに揺られるリーフ様はなんだか幻想的で、思わず拝んでしまった。
はっ!
この尊さを保存しなくては!
と、不意に思い出した魔道具でその姿を記録に残した。
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