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第16話

ーー リーフ side ーー 「そう言えばルーは今、1人で店をやっているのか?」 「い、いいえ! 母は今、玉虫染の染料を作るために工房にこもっています」 「そうか、ではよろしく伝えておいてくれ」 玉虫染とは王侯貴族達が微妙な色合いを競い合っている染め物だ。染料の加工の仕方や染め物職人の腕前で色合いが変わるから、色を揃えて作るのがとても難しい。何より見つけづらい翡翠葛の根を使うし、1日以上低温で様子を見ながら加熱しなくてはならず、量産できない。 さらに思い通りの色に染められる職人はごく僅かだ。 玉虫染の染料作りでルーの母の右に出るものはいない。それも全て、染物職人の夫のために磨いた技術だと言うのだから恐れ入る。普段はルーと母親が魔道具屋で、父親は他の染物をしている。 「玉虫染って、本当にあるんですね」 「見た事ないの?」 「おれなんかお貴族様だって遠目にしか見た事なかったんですよ。服のどの辺が玉虫染かなんて、遠過ぎて見えません」 「欲しければ……「要りません!! そんな高価なもの持ってたら夜も眠れなくて病気になります!!」 イーノになら買ってやりたい所だが。 「リーフ様、イーノには見せるだけの方が良いのではありませんか?」 「なるほど。イーノ、土産話に見せてもらうだけならどうだ?」 「見せてもらえるならそれは…… とても嬉しいです」 戸惑いながら笑う顔が可愛らしい。 銀芙蓉を採取した後で見せてもらうよう、ルーに伝言を頼んだ。 ーー イーノ side ーー 「今日は大人しいな」 「いやー、今日はリーフもルーも機嫌が良いから店長も嬉しそうだし、超絶眼福だからさー。余計な事言わないようにしてるー」 エスグリさん、お酒強そうなのにすでに酔ってる? ずっとにこにこしながらお酒を飲み続けている。ここはハーフエルフの店長さんが1人で切り盛りする、こぢんまりした酒場なのでコース料理はない。オススメの料理をみんなが選んでくれた。 「花畑のカクテルか」 「そーそー、あれ、好きなんだよなぁ。二日酔いしないし、しっかり酔えるからな」 お酒が強いと酔いたくても酔えないって、失恋した冒険者の人がこぼしてたっけ。でも花慕茸って出回ってないよね? 「花慕茸は鮮度が重要で、マジックバッグに入れても2日しか保たないからね」 2日!! しかも口ぶりからするとエルフの森でしか採れないんだろうな。高そう!! 「流通手段が確立されれば高くなるだろうが、今は酒と同じ程度だ」 そうか、逆に高くはないのか、と安心しながらも準備の手間を考えて感心する。 「何で店長を拝んでるの?」 「えっと、その……」 「なんだ、浮気か?」 「違います!!」 エスグリさんてば、もう! 花慕茸入りのお茶もお酒もまだ飲んでないけど、手間がかかってそうだから感謝してるだけなのに。 それはともかく、ルーさんから聞くリーフ様のお話は神々しくて、まるで慈愛の精霊だ。それにエスグリさんが突っ込むのが面白い。 おれは物心ついた頃から時折町で見かけるリーフ様に、町の人達がしていた噂や、失礼な冒険者へのお仕置きを語った。 そして魔道具の事をうっかり喋ってしまい、みんなで記念撮影をする事になった。 美形に囲まれた珍獣の図……(涙) ルーさんが1枚欲しいって言ったけど、預かっている物だから断った。でも魔道具として調べたいから、と食い下がられ、リーフ様も許可してくれたので碧翠郷へ行って帰ってくるまで貸すことにした。 ……壊れないよね? 壊れたら私が取り成す、なんてリーフ様が言うからルーさんは嬉しそうに涙をこぼした。 ーー リーフ side ーー 怪しい魔道具の事を知られた時は、イーノ以外に見られたくない絵姿がなかったか心配したが、イーノは今日の宿で撮った物しか出さなくて安心した。 そしてルーが魔道具を調べたいと言い出した。渡りに船だ。黒水晶の板だけしか渡せないが、ルーは優秀だから何かしら判るだろう。 なにしろガナドールからの預かり物だ、と怪しさを伝えると、ルーは神妙な顔で水晶板を受け取った。 それにしても自分の噂、特に美化された噂を聞くのは気恥ずかしいやら嬉しいやら呆れるやら、不思議な心地だ。中にはまるで私と関係ない、私の指を握った赤子が美形に育ったなどと言う噂まであり、今回の旅で馬車に乗り合わせた夫婦から拝まれた事を思い出した。 ……2人とも地味な顔立ちだったから、あまり美しく育つと不貞を疑われるのではないかと心配になる。 娘婿が美形であれば問題ないだろうが。 ……いや、拝まれても私は神ではないのだから関係ないな。 不可解な思考になるのは少し酔ったのだろうか? 「なー、なー、料理人のおやじからもらった酒、全部飲んだか? 少しくらい分けてくれよ!」 「おや、珍しいお酒があるのですか?」 ……酒場なのだから、ここの酒を注文するべきだろうが、店長は客が持ち込む酒に合わせた肴を考えるのが趣味だと公言していたな。イーノはあまり飲めないし、分けてしまって良いだろう。 「これだ」 「これは! ヴィアベル海の水底で熟成されたレヴィアタン・ヴァインですね。ならばこの貝を蒸した物と、黒シャモアの乳で作ったチーズはいかがです?」 「うわぁ、大きな貝ですね!! それに黒シャモアのチーズ!? 食べてみたいです!」 リーフ様が頷くと、店長さんはいそいそと奥へ入って行った。

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