ーー　リーフ side　ーー 一定の温度が保たれる海底で10年かけて熟成された酒はなかなかの高級品だ。ついで仕事の礼として受け取るには、少々気が引けた。だが、断るより良かろうと素直に受け取ったのだ。 ……黒シャモアのチーズがあったとは。 ヴィアベル大巻貝をイーノに食べさせられる事ができるのも嬉しい。 「お待たせいたしました」 「すっげ！！　おい、イーノ！　この巻貝の希少性は分かってんのか？」 「えっと、その……、判りません……」 「希少性より美味しさを解っていただけた方が嬉しいので、先入観無しでお召し上がり下さい」 店長の言葉にホッとした様子で笑顔で食べ始めるイーノ。大渦潮の中で育った大巻貝は渦に逆らって泳ぐため、肉が締まっていて、味が濃い。そして調理法によって食感が変わる。今回は蒸しているのでコリコリと歯応えがあり、旨味を最高に引き出す火加減が素晴らしい。 「コリコリしてジューシーで美味しいです！　このお酒との相性も抜群ですね！」 「そのお酒を熟成させた海域の貝ですからね」 イーノの感想に嬉しそうな店長。 ルーとエスグリも感動しているようだ。 「これ、チーズなんですよね？」 まるで布のように薄くスライスされたチーズは舌の上で蕩け、芳醇な香りが鼻に抜ける。そこでレヴィアタン・ヴァインを飲むと花のような香りに変わる。 「ふわぁ……、何で？　どうして香りが変わるんですか？」 「詳しい事は分かっていませんが、黒シャモアのチーズはお酒と混ざる事で独特の香りを感じるのです。ビアだと泥臭くなり、ゼクトだとショコラの香りになります」 「チーズなのにショコラ？　面白いです！」 どうぞ味見を、とゼクトを差し出す店長。 ショットグラスの３分の１にしているのは、イーノの弱さを見抜いてか。 本当に良い仕事をする。 ーー　イーノ side　ーー 料理もお酒も美味しい！！ でも格好つけて相性抜群とか言いながら、よく分かっていない。いや、両方美味しいよ？　美味しいのは判るけど、「合う」と言うのが判らないのだ。 香りが変わるのは楽しくてかなり好き！ ゼクトって初めて飲んだけど、かなり強いなぁ。だから少ないんだな。悪酔いしなくなるから、と水も勧められ、がぶがぶ飲んだ。お陰で眠くならずにお酒と料理を楽しむ事ができて大満足！！ ちょっとトイレが近くなったけど。 ーー　ルー side　ーー リーフ様、本当にイーノを気に入ってるんだな……。どうして自分じゃないのか、と考えてしまうけど、きっとそうは考えない無邪気さを気に入ったんだろう。 ……敵わないな。 でも絵姿を写す魔道具は興味深い。 リーフ様に腕を引かれ、イーノがよろけた瞬間の絵姿は、時を切り取ったようで面白い。調べて作れそうなら試したい。 写す方も、今夜だけでも貸してもらおう。 「ルー、飲んでるか？」 「言われなくても飲んでるよ」 「うんうん、酒も肴も美味いよなぁ。特にこの大巻貝！　渦潮が消える、月に一度の満月の晩に、|海人《あま》達が一斉に潜って３人１組で捕まえるんだ。１人が囮りになり、もう１人が網をかぶせ、最後の１人が網の隙間からトドメを刺すんだぞ！」 ……ヒトが力技で獲るのなんて面白くない。こいつも面白い魔道具でも見つけて来たら少しは見直してやるんだけどな。 って！！ リーフ様に愛し子ができた途端に、諦めて手近な所で手を打つような、みっともない真似ができるか！！ こんな、顔が良ければ誰でも良いような奴なんてお呼びじゃない！！ ーー　エスグリ side　ーー ルーは本当にかわいいなぁ。 実はエルフはお綺麗すぎて、ハーフエルフの方が好みなんだよな。こう、美しさの中に可愛らしさが盛り込まれて親しみやすくなってる、って感じで。 エルフの郷で服を脱がそうとしたのも、ハーフエルフ達に冷たいあいつらに、ほんの少し嫌がらせしてやろうと考えての事だ。まぁ、ハーフエルフもクォーターエルフも、誰もそんな事望んじゃいないんだが。 リーフにお気に入りができて、そろそろ付け込む隙ができるかな？　ハーフエルフの中で１番かわいいルーが喜ぶ物は魔道具なのは分かっているが、そうそう面白い魔道具なんて売ってない。だから良い素材を探すんだ。 ……リーフが依頼を制限するのは渡りに船だ。 景色の良い所に行きたいと言ってたから、ヴィアベル海でマルツノフグを獲って来てやろうか。あれは共鳴胴に使うと魔力を増幅してくれるから、特殊な魔道具が作れると言っていたっけ。青真珠は似合いそうだから装飾品を買って贈りたいが、きっと素材のままの方が喜ぶんだろうな。 やっと。 やっと本気で口説けるんだ。 あの拗ねた口調でまた来たの？って、頬染めて言って欲しい！　リーフへの憧れの眼差しを横取りしたい！！ 現状では呆れた顔ばかり見ているが。 実は結構、情に厚いんだって知ってるし、俺が真面目にやればそのうち絆されてくれるはず。 よぅし！　明日から本気出すぞー！！