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僕の愛しの世紀末猛者
互いに貪り合うように抱き合い熱の収まった僕達は、どちらともなく口づけをした。
ラットを経験したことのなかった僕は、想像のできないそれがとても不安で仕方なかった。けれど、もう大丈夫だ。
勝の弾力のある胸に顔を埋めて、太く逞しいその腰に両足を絡めて抱きついた。
あぁ、なんて落ち着くんだろう。
勝の大きくゴツゴツした手は僕の頭を優しく撫でてくれる。
それが心地よくて腕の力を入れる。
「うぬは可愛いな。最高だった」
発言だけは情事の後の女性に囁くそれを、僕の耳元でされると、重低音ボォイスも相まって腰が抜けそうになる。
犯罪クラスの良い男とは彼の事だ。
「ところで名前は?」
「秀」
「良い名前だ」
愛おしそうに額に何度も口づけを落とされると、彼に抱かれたような気分になってくる。
「あの、少しだけ話してもいい?」
「あぁ、もちろん」
「僕、今までラットがなかったんだ」
勝に僕は今までの事を全て打ち明けた。
彼なら怒らずに聞いてくれると思えたからだ。
「そうか」
勝は真剣な表情で僕の話を聞き。優しく微笑んだ。
アルファとしてある意味欠陥がある僕を、全て受け入れてくれる。
菩薩のような微笑みだ。
「俺もだ」
「え?」
「俺も初めてヒートが来た」
「嘘でしょう?その、ラットが来たアルファを倒したって僕は聞いたけど」
さすがに鉄パイプで10人のアルファをボコボコにした。とは言えずにマイルドな表現をした。
「それはな、襲われかけていたオメガがいたんだ。助けようと思って気がついたら全員倒れていた」
え?気がついたら全員倒れていたってどういう事?
「それはどういう事?」
「俺は、ほら、見た目の通り気が弱くて。アルファが怖くて仕方ない。どうしても助けたくて必死に暴れたら神様が助けてくれたんだ」
いやいやいやいや。その見た目でそんな事ないだろ。
でも、もしかしたら猛者なのは見掛けだけなのか?
「少年院に入ったって聞いたんだけど」
「あそこも恐ろしいところでな……。くっ」
「どうしたの?」
「他のオメガと一緒に集団で襲われそうになって。グスッ」
勝はその時の事を思い出したのだろう。涙ぐんでいた。
「怖かったんだね」
「そうだ。気がついたらみんな倒れていて、地面に頭が刺さっていた」
え、なにそれとても怖い。神様がまた助けてくれたのだろうか。
いや、恐らく勝が無自覚でやったような気がする。
「だけど、そんな怖い思いも今日で終わりだ!」
勝は晴れ晴れとした笑顔を僕に向ける。
あぁ、眩しくて目がつぶれそう。
「秀が俺にプロポーズしてくれたから……」
僕の名前を呼び。恥じらうように頬を赤くさせる様子は、どう見ても乙女のそれでそのギャップに胸がときめく。
世紀末猛者が僕にはとても可愛らしく見えた。
そういえば履いていたパンツにはレースがついていた気がする。もしかして、乙女趣味があるのでは?
それは、それでもちろんありだ。
しかし、僕はいつプロポーズなんてしたんだろう?
「ぷ、プロポーズ?」
「なんだと、あれをプロポーズとは言わないのか!?俺に土下座して『身も心も捧げる』と言ったではないか!」
そういえば助かりたいがために言ったような気がする。
「そ、それは。言いましたね」
「気が弱そうで、番戦争に生き残れない俺を素敵だと褒めたではないか」
いや、どう見ても番戦争の覇者にしか見えないよ。君は。
「初めてだ」
「え?」
「こんなにも俺を求めてくれたのは。だから嬉しい」
照れ隠しに僕から目線を逸らせる勝はとても可愛い。少女漫画のヒロインでしかない。
「なのにだ!お前は熱烈なプロポーズをしておいて、番にしてくれない」
「そ、それは」
勝から見たら。プロポーズしたのに首筋に噛みつかない僕に、さぞかしもどかしさを感じたのだろう。
「でも、それは俺の気持ちを優先させてくれたのだろう?」
「え、え?」
「秀は俺の意思を優先して『番してくれ』ではなく、あの、プロポーズにしたのだな?」
どこをどう考えたらここまで物事を良い方向に考えられるのだろう。ある意味感心する。
けれど、僕はひとつの答えが頭の中に浮かんできた。
「僕達は運命の番」
「そうだな」
今までなかったヒートとラットを経験した僕達は間違いなくそうだろう。
「俺の事を離さないでくれ」
逆じゃないのか。
不安げな顔でこちらを見る勝は恋人の心変わりに不安を感じる少女のようだ。
逞しい筋肉ダルマの身体ですら僕にとっては、可愛らしいチャームポイントにしか見えない。
その豊満な身体にこれから先、何度も溺れるのだろう。
「そんな事絶対にしないから。大丈夫。大好きだよ」
「しゅ、秀!」
勝は僕の身体を強く抱き締めると、背骨がミリミリと不吉な音をたて始める。
僕は幸せの絶頂で死ぬかもしれない。
「ねぇ!」
僕達を呼ぶ声と同時に保健室のドアが勢いよく開いた。
そこにいたのは有紀だった。
あ、でもまって僕達……。
「うわぁぁ!!」
「きゃぁああぁ!!」
ちなみに、きゃぁああぁ!と可愛らしい女の子のような悲鳴をあげたのは勝の方だ。
僕達は慌てて起き上がる。
そして、彼の裸を隠そうと、シーツをかけてあげて、その端でとりあえず股間を隠した。
勝の裸を僕以外の人間に見られるのが嫌だった。たとえオメガであったとしても。
「なんとなくそうだろうなって思っていたけど、やっぱりここにいたんだね」
少しだけ責めるような口調で有紀は僕を睨み付けた。
「ご、ごめん。有紀くん」
「何で言ってくれなかったの?ボク達は友達だったでしょ?」
「ごめん。言えなかった」
「なんだよ!もう!」
有紀はダンと扉を叩くと、見事にそれは粉々に砕けた。
だから言いたくなかったんだよ!殺される!
「有紀と言ったな?その気持ちはよくわかるがな、秀はきっと言いたくても言えなかったのだと思うぞ。この学園はオメガとベータしか通っておらんだろう?」
この気不味い空気の中で意外にも先に口を開いたのは勝だった。
「そうだね」
「オメガだからこそ友達だと思われていたら、嫌われたくなくて言えないのが人の心というものだ」
勝の言う通りだ。僕は殺されるのも怖かったが、有紀に嫌われるのも怖かった。
怖いけど大切な友達だから。
「でもだからってそんな理由で友達をやめないよボクは!」
「ごめん。僕は有紀くんの事が大好きだから嫌われるのが怖くて言えなかった。これからも友達でいてくれる?」
「……。勝くんと番になったのにボクに『大好き』なんて言ったらダメだよ。でも嬉しい。これからも友達だね」
有紀は嬉しそうに笑った。
「うん」
「うむ、うまくまとまって良かった」
勝も嬉しそうだ。
「そうだ、お祝いしないとね」
「何を?」
「この番戦争に勝ち抜いて、勝くんと晴れて番になれておめでとう」
え、番戦争って物理的にアルファ狩りをして根絶やしにすることじゃなかったの?
僕はてっきり今までそうだと思っていた。
「あ、ありがとう」
「勝くん。秀くんは、少し頼りないところがあるけど、とても優しいから。絶対に幸せにしてあげてね。ボクの願いはそれだけ」
「うむ、そのつもりだ。二人で幸せな家庭を作ろう。まずは赤子だな!」
勝は恐ろしく気の早い事を言い出す。
「え、えぇ、えぇ!?」
「おめでとう」
「おめでとう。この番戦争の覇者は勝くんと秀くんに決定!」
「う、うぬ達は!?」
どこからか、ボウフラのように湧いて出たクラスメイト達は口々にお祝いを言い出す。
僕も勝もそれに戸惑いながら照れてしまう。
「あ、ありがとう」
「しゅ、秀!」
「どうしたの?」
勝は突然、慌てたように僕の名前を呼んだ。
「このような格好では、恥ずかしい」
世紀末猛者の勝は顔を真っ赤にして僕の小さな背中に隠れる。
番戦争の覇者。世紀末猛者の転校生はとてつもなく乙女だった。
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