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第2話 白斗君はストーカーもする

その喫茶店は、白斗の通う大学の近くに有る。大きな公園の隣で、静かな通りに面していた。その日は土曜で、授業のある学科も少なく、いつもたくさん歩いている大学生も今日はあまりいない。 だから、ヘドロちゃんが居ればすぐにわかる。なにせ、緑の髪の美少女だ。そんな髪の人間はそういない。 白斗はどうしても彼女に会いたかったし、その姿を写真や動画に収めたかった。だから白斗は、スマホを撮影モードにしたまま、その辺りを徘徊していた。完全に盗撮する不審者である。 しかも何処で買ったのかわからないメタリックな水色のスカジャンに、えんじ色でベロアのズボンを合わせるというファッションセンスまで酷い。朝から張り込んでいるが、昼前までに数回何をしているのか知らない人に尋ねられた。その度に、風景写真を撮影する写真好きのフリをして過ごしてきた。 そういうところは頭が回るのに、その行為が犯罪スレスレであることには、全く気付く様子がなかった。 しかし待てど暮らせど、目当ての人物は姿を現さない。しかも、その喫茶店がおしゃれでSNS映えするのと、今日が土曜日であり、この辺りが広くて閑静な公園であることもあって、周りはカップルだらけだ。 「ちくしょう、この野郎、このままじゃ僕は誰かの結婚式で流すくだらない馴れ初め動画みたいなのを延々と撮り続けることになってしまう……リア充どもめ、爆発して滅べ……!」 ぶつぶつ言いながらスマホにバッテリーを繋ぎ、撮影を続ける。呪詛のおかげもあって、めでたく白斗に話しかける人物はいなくなり、落ち着いて撮影を続けられた。 公園の前の道路で信号待ちをしながら、向かいの道路を撮影していた時だ。そこには小柄で華奢な、気の弱そうな青年が立っていた。スマホに夢中になっているのか、持ったスマホを触りながら集中している様子だ。その近くに3人組の男が立っていた。よく言えば元気そうな、悪く言えばチンピラが。 彼らはニヤニヤしながらその青年について何かジェスチャーをしていた。からかっているような様子で、白斗はなんとなく嫌な気分になり、その様子をカメラ越しに見ていた。と、彼らの一人が、故意に青年にぶつかっていった。 「あっ」 思わず顔を上げそちらを肉眼で見る。ぶつかられた青年はわけもわからないまま平謝りをしている。そして3人が、柄が悪そうに絡んでいた。 心の中でテレビで見るゴロツキ達の、ヘリウムを吸ったような加工音声が流れた。 「あんちゃんがボサッと立ってるから、コイツの腕が折れてしもうたやんけ!」「ああ〜痛いよ〜これ折れてるよ〜」「どう落とし前つけてくれんねん、にいちゃん」「ごめんで済んだら警察はいらんのじゃ、慰謝料払ってくれへんかあ」 そこまで考えたところで、信号は青に変わった。白斗はのろのろと横断歩道を渡りながら、さまざまなことを考える。そしてその選択一つ一つを実行することで起こる未来に、緊張して心拍数は跳ね上がった。 ついに信号を渡り終わった。目の前では四人が、だいたい想像どおりのやり取りをしている。強いて言えば別にヘリウムを吸ったような声ではないぐらいだ。誰もが皆、彼らを見て見ぬ振りで通り過ぎていく。 最後に、白斗はヘドロちゃんのことを考えた。彼女は言っていた。ヒーローみたいな人が、正義の味方が好きだ。でもそんな人は、いない。 白斗はスマホをぎゅっと握りしめて、「あの」と彼らに話しかけた。 「ああん? なんだてめぇ」 わかりやすく怖い顔をしたチンピラがこちらを睨みつけてくる。白斗は、緊張のあまり、無表情になっていた。 「先程あなた方がぶつかったところを、偶然撮影していました」 「ああ?」 「証拠の動画も有りますし、ここでは往来の迷惑にもなります。一度交番に移動して、改めて話し合ってはどうでしょうか」 緊張しすぎて逆に、まるで歴戦の弁護士か何かのように冷静になってしまった。だかチンピラ達も、動画という証拠が有るのに交番に行くのはまずいことは理解してくれたようだ。 彼らは互いに顔を見合わせてから、「そこまで大袈裟にすることじゃねえよ」「あれ? 痛いの治ったみたいだ」「気いつけろよ!」と言い捨てて去っていった。残されたのは、白斗と青年だけだ。 ややして、どっと汗が噴き出した。 よかった、僕、殺されてない。そう考えると急に全身が震え始めて、またスマホを握りしめた。全てはヘドロちゃんのためだ。彼女が見ていたら、きっと僕のことを! 「……あ、あの……」 声をかけられて、ぎこちない動きでそちらを見ると、チンピラに絡まれていた青年が涙目でこちらを見上げていた。 「あの……ありがとうございますぅ……」 青年は見た目も中身も虚弱そのものなのか、聞き取れる限界の声量で話しかけてきた。 白斗といえば、お礼を言われているどころではない。もしヘドロちゃんがこの現場を見ていたら、とキョロキョロ周りを見回す。残念ながらそれらしい姿は見えない。白斗はがっかりした気持ちで、「いえいえ……」と気の無い返事をした。 「あの、その、」 まだ何か言おうとしているから、青年に視線を戻す。背が低くて、根暗そうだ。服の上からでも細いのがわかって、ぶつかったら折れてしまいそうだった。男なのにカーディガンを羽織っていて、白斗はホモっぽいなと独断と偏見で思った。 「あの……お、お礼が、したいんですけど……」 小さな声で、おどおどそう言ってくる。こんな奴のお礼なんて、ロクなもんじゃない。白斗は丁重にお断りすることにした。 「いや、いいですよ、大したことはしてないですし……」 「そ、そういう、わけにはいきません、あの、今じゃダメなら、後日でも、……お願いします、お願いですから……」 頭を下げられて、白斗は困惑した。こんなに頼まれているのに断っているのを見られたら、ヘドロちゃんにどう思われるか。白斗は悩んだ末に、「じゃあ、後日……」と了承した。 「ありがとうございます! SNSの連絡先を……」 虚弱青年と連絡先を交換して、白斗は「それじゃ」と颯爽とその場を去り、ストーキングという犯罪行為を再開した。彼のことは、それからすっかり忘れていた。

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