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第3話 白戸君は気付きを得るのが遅い
夕方まで粘ったが、結局ヘドロちゃんは現れなかった。残ったのは大量のどうでもいい動画データと、とてつもない足の疲れだけだ。まさに徒労。骨折り損。時間の無駄。
インドア派の白斗は帰宅するなり全てを脱ぎ捨ててトランクス一枚になると、ヘドロちゃん抱き枕の待つ布団へ倒れこみ、スマホを眺めた。
ヘドロちゃんのSNSの更新が無いままだ。こう言ってはなんだが、彼女はかなりのSNS中毒だ。何か有ればすぐ写真と共に呟くのに、今日に限って音沙汰が無い。もしかして、彼女の身に何があって、それでカフェにも行けなかったのかもしれない、と心配になった。
SNSは彼女に良からぬ思いを寄せる男でいっぱいだ。もしもそんな連中の餌食になっていたりしたら……と考えると、酷く落ち着かなくなったが、何かも白斗の妄想でしかなかったし、良からぬ思いを寄せている男というのは白斗も同じだった。
と、ピロリン、という音と共に通知が入った。それは、昼間の陰気な青年からのものだった。
本名なのか、名前の欄には「じげひすい」とひらがなで書かれている。妙にかわいい書き方をする、と思ったが、白斗のほうも「ただのしろうと」と書いていたから盛大なブーメランにしかならなかった。
あちらのアイコンは丸々としたかわいい子犬の写真だ。全くどうでもいいことだが、白斗は犬派だ。
『昼間はありがとうございました! お礼にお食事でもご馳走したいと考えているのですが、来週の土曜はご都合よろしいでしょうか?』
あんな根暗そうな男と二人で食事。考えただけでクソつまらなそうで憂鬱になった。しかし、一緒に貼られていたカフェの写真に驚く。そこは以前ヘドロちゃんが絶賛しながら紹介していた、めちゃくちゃ映えるのに美味しいスイーツの店だった。
曰く、『写真映えするスイーツって大抵味は大したことないんだけど、ココは本当に美味しいんだよぉ〜! みんなも食べてみようね!』と、珍しく褒めちぎっていたのだ。
これはヘドロちゃんと同じものをタダで食べられるチャンスなのでは?! そう考えるとテンションが上がってきた。しかし、ここで鼻息荒くガッついては嫌な奴になってしまう。白斗は一度大きく深呼吸をして、あくまで平静を装い、紳士な対応を心掛けた。
『本当にお礼なんて大丈夫なのですが……、お言葉に甘えて、行かせて頂きます。土曜日なら、僕はいつでも大丈夫ですよ』
謙虚過ぎて感動すら覚える。根暗そうな男にも優しく対応する、まさに正義そのもの。白斗はきっとヘドロちゃんもこういう人が好きだろうと、抱き枕を撫でながら思った。正気の沙汰では無いが、もはやこの場には誰も白斗を止める者も居ない。
『ありがとうございます! では11時半に、駅前で待ち合わせましょう』
その返事に快く了承し、ああーこれでヘドロちゃんと同じスイーツが食べられるんだ〜! と抱き枕をハグして、ゴロゴロ転がっていた。
と、待ちに待った、ヘドロちゃんのSNSが更新された。おっ! と声を上げて、内容を見る。
『みんなごめんね〜! 今日はちょっと色々有って、更新が遅くなっちゃった。カフェは行ったよぉ〜。見てぇ、この山盛りのイチゴ! なんかもう、美味しそう通り越して気持ち悪いぐらいだったよぉ〜。でも、美味しかったよぉ〜』
白斗が張っていたカフェの写真と、そこの名物である山盛りイチゴのパフェの写真と共にそう言っている。確かに、イチゴが多すぎてもはやパフェではなくイチゴの山だ。集合体だ。相変わらずヘドロちゃんは毒かわいいなあ、とニマニマ見ていると、更に呟きは続く。
『あとあとね! 今日は嫌なことと、とーってもいい事があったんだよぉ〜! ヘドロね、やな人達に絡まれちゃって、大変だったの』
「なに! やっぱりストーカーするようなキモオタに絡まれていたのでは……!」
動画を撮影しまくっていた自分は棚に上げて、興奮気味に続きを見守る。
『ホントに怖かったんだよ。でもね! 王子様が現れて、ヘドロを助けてくれたの! 世の中捨てたもんじゃないんだね、正義のヒーローって本当にいるんだね! ヘドロ、ホントに嬉しかったんだぁ』
「ヘドロちゃんの、王子様……! くっそ、僕だって、僕だってできればヘドロちゃんを助けたかった……!」
なけなしの勇気はあの青年にくれてやってしまった。勿体無かった……と悔しがっていると。
『それでね! 王子様の連絡先聞けたから、今度の土曜に、王子様にお礼にご飯を奢るの! みんな、ヘドロのミッション成功を祈っておいてねぇ〜!』
「………………ん?」
白斗はそこでやっと、疑問を持った。
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