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第6話 白戸君には隠し事がある
「しらとくん、すなばでいっしょにあそぼう!」
「しらとくん、わたしたちといっしょにあそぼうよ!」
少女達が手を引っ張っている。こっちこっち、と手を引く少女たちは、みんな一様に、とても愛らしい。可憐な少女たちは、引っ張って行った先にいた少年に目をつけた。
「ちょっと! さとうきらなはあっちいって!」
「ここは、わたしたちがあそぶところなんだから!」
砂場に何か作っていた少年に、少女たちが詰め寄る。眼鏡をかけた少年は、泣き出しそうな顔で、「でも、」「おれが先に、」と言っている。少女たちは先ほどまでの可憐さが嘘のように、怒り出す。
「ここは、しらとくんとわたしたちがあそぶところなの!」
「さとうきらなは出ていきなさいよ!」
「でも、これ、作ってる途中だから、」
何か砂で作ろうとしていたものを、少女が容赦なく踏み潰した。
「これでおわり! ほら、出てって!」
うわあん、と泣き出す少年を見て、彼は、言った。
「ごめん、ぼくは、さとうとあそぶよ」
少女たちがぎょっとする。でも、でも、と言う少女たちを尻目に、彼は泣きじゃくる少年のとなりに座った。
「ごめんね。いっしょにもう一回作ろうよ。なにを作ってたの?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、少年は「ねこちゃん……」と小さな声で答えた。じゃあ、ねこちゃんいっしょにつくろ。彼がそう言うと、少年は嬉しそうに笑った。彼は、それが嬉しかった。
その向こうで、少女たちが、悪魔のような顔をしていた。
+++
「白斗。白斗〜」
揺さぶられて、白斗は目を覚ました。物置でいつのまにか寝ていたらしい。うーん、と伸びをして見上げると、そこにはいつものイケメンが立っていた。
「はい、買って来たよ、ごはん」
輝名が隣に腰掛けて、持って来たコンビニのビニールを開ける。中から弁当が二つ出てきた。片方をはい、と差し出してくる。白斗は目をこすりながら、「ありがとう」と呟いてそれを受け取った。
白斗と輝名は幼稚園からの付き合いだ。知り合った頃、彼らの関係はまるで逆だった。白斗は明るく活発な少年で、いつもかっこいい服を着ていると尊敬の眼差しで見られて、クラスで一番のモテ男だった。
一方、輝名は子供の頃から目が悪く、瓶底眼鏡をかけていたから、いじめられていた。泣き虫で、おどおどしていた輝名はいつも隅っこにいて、ひとりぼっちだった。だから、白斗は輝名の隣に行った。
そうして二人は、友達になったのだ。
「最近白斗、なんか上の空だね」
弁当を食べながら、輝名が言う。彼は米をカフェオレで食べられる人種だった。それを白斗はいつも信じられない気持ちで見る。
「ちょっと、二律背反に想いを馳せていて」
「何言ってるの?」
「例えば、例えばですよ」
白斗は弁当を箸で指しながら言った。
「玉子焼きはたまらなく好きですが、唐揚げのことはどうでもいいと思っていた。むしろ唐揚げは油っこくて好きじゃないと思っていた。ところが、それはどちらも同じ鶏だったんです」
「……何言ってるの?」
「この時、玉子焼きが好きな僕は、同じ鶏だから、唐揚げも好きになるべきなんでしょうか……」
「頭大丈夫?」
「真面目な話をしてるんですよ」
「真面目に頭大丈夫?」
輝名が眉を寄せている。ややして、アンタに相談した僕が馬鹿でした、とため息を吐いて、唐揚げを食べた。白斗は玉子焼きも唐揚げも大好物だ。
土曜の食事会では相手がヘドロちゃんかもしれないと探りを入れまくっていたから、翡翠のことを随分知ってしまった。四人兄弟の末っ子で、今は一人暮らしをしているらしい。
彼は根暗そうだったが、白斗が(探りを入れているものだから)根掘り葉掘り質問されるのを、何故だか喜んで何でも答えた。おどおどしてあまり目を合わせず、時折指を絡めてもじもじしながら、それでも返事をした。
こちらの話もしてきた。白斗さんはすごい人です、ボクなら例え困った人がいても助けてあげられません、あなたは勇気のある人だ。それにお洋服も個性的で似合ってます。お顔も整っててボク羨ましいです。背も高いし。
えらく褒められた。褒められて気分が悪くなる人間はあまりいないだろう。白斗はだんだん気分が良くなってしまった。そんな風に言ってくれる彼を、悪い人間のようには思えなくなってきたのだ。それはまさに、輝名が先日振りかざした性善説のように。
しかし。白斗はモグモグと唐揚げを頬張りながら考える。
彼がヘドロちゃんでなかったら。更新されるSNSには、ヘドロちゃんの写真が載っていて、白斗は相変わらずその姿に大興奮している。ちなみに、土曜のカフェの写真は投稿されなかった。王子様とお食事したとの内容は書かれていたが、何処で何を食べたかについて触れていなかったのだ。
たまたま状況が同じだった可能性も出てきた。なら、彼は純粋に白斗に感謝する同年代の青年だ。自分を慕ってくれていることに、悪い気はしない。害が無ければ、このまま彼の望む通り、交友関係を維持してもいいだろう。
もし、彼がやはりヘドロちゃんだったら。奇しくも白斗は、憧れのヘドロちゃんと食事デートをした事になる。やーいやーいザマァみろ僕はヘドロちゃんと直接会ったんだぞ羨ましいか〜!! という気持ちも湧いてきて、白斗は困っている。状況がおかしすぎて、白斗は錯乱していた。
もし、翡翠がヘドロちゃんだったら。男に熱狂していたんだったら。そう考えると、大変しょんぼりした気持ちになるが、それでもヘドロちゃんの写真を見ていると、色んなものが元気になってしまうのだ。末期だった。
「ん」
スマホがブルブル震えたので、見ると通知が来ている。翡翠からメッセージが来ていた。
『白斗さんは、大学生なんですか?』
土曜に別れてから、数時間に一回の間隔で、SNSで会話を続けている。忘れた頃に来るぐらいだから、返事をするのにもちょうど良い。気分が良かったので、『そうですよ、白夜大学3年です』と返信した。
「ところで白斗」
カフェオレを飲んでいた輝名が思い出したように言う。
「なんかこのまま会員増えなかったら、同好会、存在抹消されるらしいよ〜」
軽いノリで言ってきたから、白斗は危うく唐揚げを喉に詰めかけた。
「っ、そ、そんな大事なこと、なんかのついでみたいに言わないでください!」
「だって白斗、この物置で授業サボってヘドロちゃんの写真見て妄想してるだけだし、無くなっても別に困らなくない?」
「こっ、この野郎、アンタも会員の癖に! いいんですか、この隠れ家が無くなっても!」
「別にいいけど」
「この裏切り者ォ〜!」
白斗が唸っていると、またスマホがブルブルしている。なんだと見れば、『ホントですか?! ボクもなんです!』と翡翠が嬉しそうに返信してきている。
「白斗は友達いないもんね、会員増える見込みも無いし、無くなってもいいんじゃない?」
ぢゅ〜、とカフェオレの残りを吸っている輝名にカッとなって、「僕にだって友人ぐらい居ます!」と言い返す。
「見てろよ、リア充野郎!」
謎の罵りを吐き捨てながら、白斗は一時の気の迷いで、
「実はある同好会の会長をやっているんです。地下さんもどうですか?」
と返信してしまった。それから、大変な事をしてしまったのに気付いた。
『そうなんですか? 白斗さんは会長もやっておられるなんて、本当にすごい方ですね。ボクでよければ是非参加させて頂きます』
そして光の速さで返信が来たことに、白斗は焦った。
この、カビ臭い物置に、一面ヘドロちゃんの写真が貼ってある状況へ、彼を招き入れたら、どうなるか。大変まずいことをした。白斗は一人で焦った。
しかも。
『今学内にいるんですけど、行ってもいいですか?』
そう翡翠が言ってきた。白斗は真顔で、(あ、詰んだ)と思った。
+++
「なんで俺を追い出すのさ〜」
「いいから弁当のゴミ捨ててきてください! 隣町のコンビニまで!」
「なんでゴミ捨てるのに、隣町のコンビニまで行くのさ〜」
「いいから! アンタイケメンでしょ!」
物置から輝名を追い出して、白斗は貼られていたヘドロちゃんの写真を全て剥いで、丁寧に畳んで棚にしまうと、満を持して『どうぞ、3校舎の5階の一番奥です』と返信した。そして、物置を見返して、途方に暮れた。この物置でなんの活動をしていると言い張るか。
「……清掃活動大好き部とかかな……」
何にしてもこんなところに案内されて中で2人きりなんかになったら、怪しまれるというより怖がられる。せっかく自分を慕ってくれているのに、一瞬で何かも水の泡になってしまうかもしれない。どうしよう、と思っていると、トントンと扉をノックされて飛び跳ねた。あまりに早い到着だった。
「白斗さん、こんにちは」
また聞き取れる限界の声で言っている。白斗は大きく深呼吸して、それからゆっくりと扉を開けた。今日も翡翠は緑のカーデガンを羽織っていて、中にはブラウスを着ていた。下は黒いスラックス。それ、女の子がしてる格好だから……と白斗は少し思った。白斗は迷彩のタンクトップに縦縞のモノクロワイドパンツを合わせていた。
「こんにちは、地下さん」
「わあ、白斗さん、今日は男らしいお洋服ですね」
「そ、そうでしょう、男はやっぱり迷彩ですよね」
服を褒められるのは本当に嬉しい。思わずデレデレと対応してしまった。
「ボクはそういう服を着ても似合わないので、何でも着こなせる白斗さんはすごいです」
「そんな、あなたのその服も、とっても似合ってますよ」
何故かそんなつもりはなかったのに、褒め返してしまった。すると翡翠は、「そんな」ととても恥ずかしそうに俯いたので、(あ、ヘドロちゃんかわいい……)と白斗はまた錯乱してしまった。
まだ彼がヘドロちゃんと決まったわけではないのに、あまりに考えすぎてだんだんヘドロちゃんに見えてきてしまっている。実際、顔のパーツは見れば見るほど近いのだ。メイクをしたら確かにヘドロちゃんになるような気がしている。メイクはやばい。どんな女も詐欺師になれる。
「ところで、なんの活動をなさってるんですか?」
「あっ、あ、とりあえず、中に」
物置部屋の中に招き入れて扉を閉めると、静寂が満ちる。ただの物置であるそこを見渡して、翡翠はポカンとしている。
「あーっと、その、僕はですね、ここで会長をしているんですが……」
清掃大好きクラブをですね、と言いかけたところで、今閉めたばかりのドアがまた開いた。
「白斗、アイス何がいい? ……あれ、お客さん?」
空気を読めないイケメン、輝名が戻って来たのだ。
「おっま、隣町のコンビニまで行けって言っただろ!」
「隣町のコンビニまで行くならアイスでもついでに……」
「むしろ本当に行く気だったのかよ?! どんだけイケメンなんだよ!?」
「行くのか行かないのかどっちなのさ……。あなたは、白斗の知り合い?」
「あっ、あっ、は、はい、あの、白斗さんに、部活を、紹介されて」
翡翠が輝名に警戒して白斗のそばに寄って来る。あっ、ヘドロちゃんかわいい……とまた錯乱しかけていると、
「へぇ、ネットアイドル同好会に興味あるの?」
と、輝名が空気を読まないで何もかもを台無しにしてくれた。
「ネットアイドル同好会……」
翡翠が目を丸くしている。白斗はこのリア充野郎後で小指の角をタンスにぶつけた後ですっ転べと呪いをかけながら、「そ、そう、」と翡翠に笑顔を向けた。
「最近はネットアイドルが増えているでしょう、彼女たちを調べて、写真を集めたりする会なんですよ……はは、ははは」
「特に白斗は……あれ? 白斗どうしたの? ヘドロちゃんの写真は?」
「バッカこのやろう何処までクソなんだお前はよ!」
「なんで俺怒られてんの?」
輝名がヘドロちゃんの名前を出してしまったから、白斗は死ぬかと思うぐらい焦った。変な汗が止まらない。
どうしよう、この翡翠に、いやヘドロちゃんに、正義のヒーローと慕っていた相手が、自分の写真をかき集めてはぁはぁ興奮して毎晩おかずにしている変態だとバレたら!
変態だという自覚はあったようだった。
「……ヘドロちゃん……?」
翡翠がその名前を呼んだから、白斗はビクゥっと硬直したが、輝名はのんびりと「そうだよ、白斗が今一番追いかけてるのが、ネットアイドルヘドロちゃんなんだ。いつもは部屋中に写真が貼ってあるのに、なんで剥がしたの?」と何もかもをぶちまけていく。
この野郎、人前で靴脱いだら靴下に両方穴が空いてる呪いをかけてやる。白斗がブルブル震えながら輝名を睨みつけていると。
「へぇ〜、そんな名前のネットアイドルもいるんですね、面白い……」
翡翠が笑顔でそう言ったから、白斗はもうわけがわからなくなった。
ネットアイドル同好会は、こうして三人目の会員を迎え、無事に廃部の危機を逃れた。そして白斗は、人知れず錯乱し続けていた。
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