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第9話

 カイと遊馬の不思議な関係はその後もあまり変わらなかった。ゲームではいつもカイが優位で、いつも上から目線の物言いだったが、リアルで会うとめっぽう遊馬に弱かった。惚れた弱みという奴なのかどうか。時々は体を重ねて、カイは「遊馬さんは意地悪です」とか「卑怯です、変態なんじゃないですか」とか文句を言う事も有ったが、「でもカイちゃん、ああいうの好きでしょ?」と問うと黙りこくった。  要するにカイは、遊馬に惚れている。恐らく、恋をしているのだ。遊馬も悪い気はしなかった。普段すましたカイが、リアルで身もだえたり泣いたりするのを見るのも、楽しいというか、そそるというか。遊馬もこの生活をそれなりに気に入っていた。  合鍵を渡されたのもその頃で、変なキャラクターのキーホルダーが付いたソレを使う事は無かったが、そういう小さな事が起こる度に、遊馬は少しだけ考える。  これは恋人ごっこなのか、それとも、本当に恋人なのか。  その日は映画館デートに来ていた。カイが全て決めたから、遊馬はチケットに書かれたタイトルを見て初めて、今日見る映画を知った。CMを見たから判る。恋愛映画だ。 「……カイちゃん、こういうの好きなの?」 「社会勉強みたいなものです」  いつの間にやら、やたら高いキャラメルポップコーンと、オレンジジュースをLサイズで二つ買ったカイが、無表情で答える。面白くなさそうだなあ、と思いながら、遊馬はポップコーンとジュースを受け取った。どうせならアクション映画が良かった。ついでに言えばポップコーンは塩味が良かったし、オレンジジュースではなくコーラが良かった。  遊馬はカイの独断専行っぷりに慣れて(諦めて、かもしれない)何も言わずに席に着いた。カイも隣に座る。  結論から言えば、キャラメルポップコーンは旨かったが、オレンジジュースとの相性は絶望的だった。苦いわ酸っぱいわ。ついでに恋愛映画はその有り得ないご都合主義をツッコむ作業が、ちょっとぐらいは面白かった。  とはいえ、そんな楽しみ方がいつまでも出来るわけではない。ついに暇になって、遊馬はカイの方を見た。カイはこちらに気付かず、じっと映画に見入っている。 (カイちゃんなんか……変なトコで乙女だよなァ)  遊馬は心の中でそう呟いて、またスクリーンに目を移した。 「カイちゃん、映画すげー見てたけど、面白かったの?」  安いレストランに入って食事をしている時に、なんとなく尋ねた。カイは無表情のまま、彼の頼んだちゃんぽんを食べていたが、少しして答える。 「僕、接客業です」 「? うん」 「客の大半は、女性客です」 「……で?」 「仕事に必要な知識、ですよ」  あぁ、と遊馬は納得しながら、からあげ定食の漬物を口に入れる。女性相手に商売をする以上、女性のセンスや考え方、流行等、沢山の事を知らなければいけないのかもしれない。遊馬には面白くなかったが、人気の映画とかテレビで言っていたし、女性客は泣いていたりもしていた。映画を見ているだけでも、話題には出来るかもしれない。  と、いう事は、だ。 「……カイちゃん、仕事熱心なんだね。休みの日も仕事の事、考えてんだ」 「別に、ついでですし」 「例の恋愛ゲーム買ったのも、その辺が理由? 女の子のキュンキュンするツボの勉強、みたいな」 「ゲームは趣味ですから、関係無いですよ。アレをやったのは、単に興味が有ったからです、時期的に、……」  何か言いかけて止めた。それは判ったが、追及はしないでおいた。大体予想はついたからだ。カイは妙なところで、恋する乙女のような言動をしているから、たぶんその辺が理由だろう。 「でも大変だよな。俺は喋らなくて良いから楽だけど」 「……遊馬さんは何の仕事をしてるんです」 「ん~、自動車整備。裏方だから、接客もしないし」 「同僚の方とは喋るでしょう?」 「うんにゃ、全然」  そうキッパリ言うと、カイが眉を寄せた。その反応がよく理解出来なくて、遊馬は少々焦った。 「ほら、技術屋だし、同僚との仲はあんまり関係無いだろ? 挨拶ぐらいはしてるけど、でもお喋りとか、そういうのは必要無いし……」 「……遊馬さん、僕あんまり人のやり方にとやかく言うつもりは無いですけど」  言うつもりは無いんだ。言ってないつもりなんだ。  遊馬は思ったが、ツッコめなかった。 「仕事仲間とは話した方が良いです。世間話程度でも構いませんから」 「何で? 時間の無駄だよ、俺早く帰ってゲームしたいし」 「いいですか、信頼は得難い物です。どんなに時間を割いてでも手に入れなければいけない物です。無駄には感じると思います、実際無駄になるかもしれません。でもそうした時間はいずれ遊馬さんの為になります。だから試しに話してみて下さい」  カイにだけは、人間関係について言われたくない、と遊馬は思った。信頼どころかゲーム中はやりたい放題している。しかもいつも上から目線で偉そうに物を言って、特に男のフレンドからは距離も取られているのに。色々と思うところは有ったが、遊馬はカイの言葉を聞き流しはしなかった。  一つにはカイがあれ程長い時間、人に説明するのを聞いた事が無かった。カイはいつも言葉が少なく、通じなければあっさり「もういいです」と投げ出す。なのに、その時のカイは真剣な様子だった。だからきっと、カイにとっては大事な、伝えたい事だったのだろう。  遊馬は半信半疑ながら、同僚と言葉を交わしてみた。最初は何を話していいか判らず、お互いにギクシャクしていたが、我慢して三日も続けると、少々楽になってきた。しばらくすると笑い話や趣味の話もして、同僚のうち数人もゲームをしていると判り、今度一緒にやろう、などと意気投合も出来た。  そうこうするうちに、遊馬は何故、カイがあれ程同僚と話す事を勧めたのか理解した。確かに仕事の役にも立たない無駄な時間が殆どだ。しかし時折ポロリと、遊馬の知らない重要な話が出てくる。整備の技術の事や会社の事、新しい車の事。そうした事を自力で調べるのがどれ程面倒で、そして恐らく知らないまま過ごすだろう事を考えると、うんざりする。それを楽しい息抜きの会話で得られるのだ。こんな便利な事は無い。  そうか、カイちゃんはこれを伝えたかったんだ。  遊馬は改めてカイという人物を不思議に感じた。そういう人づきあいの大切さを知りながら、ゲーム内でのあの態度。もしかして、カイはかなり無理をして仕事仲間と過ごしているのだろうか、女は嫌いだと言っていたし。だからその反動で、ゲームの中では全く出来ないのかもしれない。 (不器用な奴だなあ)  そう考えて、遊馬は笑った。  不器用なのはお互い様だ。こんな簡単な事に今まで気付かなかった。仕事は好きだったが、人づきあいは苦手なほうだ。何故仕事が好きかと言えば、きちんと整備すれば、車はちゃんと応えてくれるから。 (あぁ、俺とカイちゃん、同じなんだ)  絶対的な正解を、ゲームに求めるカイと、仕事に求めた遊馬。そんな二人が、相対的な正解しかない人付き合いの末に、抱き合ったりしている。 (……こりゃ何か起こっても仕方無いな)  お互い慣れていないのに、手と手を重ねて、触れあってしまった。急速に近付いた物同士は、ぶつかると激しく散るものだ。しかしそれもまた仕方ない事だろう。それで終わるならそれまでの縁、終わらないなら、長い縁。それだけだ。  だから、既に遊馬はある程度の事が起こるのは予想していた。

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