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第11話
シャワーが出っぱなしで、水音がうるさい。それで気が紛れているところも有るだろうが。逃げようとしたカイを離さず、そのまま壁に押し付けて、何度も何度もキスをした。深く、深く。力が抜けてきたら身体を支えてやり、脚の間に脚を割りこませ、逃がさなかった。
ん、と堪えるような小さな声も、バスルームでは反響していつもより大きく聞こえた。だからか、カイは激しく恥ずかしがって、逃げようと無駄な抵抗を繰り返した。なので、遊馬は逃がさず、しつこくキスを続け、身体をまさぐる。背中や首筋、耳の付け根辺りを指でそっとなぞってやると、カイは震えた。そうして抵抗を諦めるのを待つ。
しばらくすると、ようやく諦めたらしい。遊馬に縋りつくように抱き付き、逃げようとはしなくなった。遊馬は微笑みを浮かべて、カイの頭を撫でる。「カイちゃんてホント可愛い」と呟いて、抱きしめたままカイの後ろに指を這わせる。
「ぅ……っ」
もうすっかり、指ぐらいなら抵抗無く受け入れるようになった。顔のあちこちにキスを落としながら、指で中を探る。いつぞカイが言っていた、前立腺とやらを遊馬は大体見つけていた。くいくいと指で撫でてやると、カイが俯いて眉を寄せる。相変わらず声は殺していたが、今回に限ってはそれが余計に燃えた。
時折漏れる声が響くから、必死に我慢しているカイ、というのがとてもそそられた。だから遊馬は特に何も言わず、ただ責め立てる。ほぐしてやりながら、やんわりと前に触れると、カイが「く、」と息を呑む。そこは既に熱を持っていて、遊馬の愛撫に敏感に反応を返した。
先端を捏ねてやると、悲鳴のような声を僅かに出して、カイの身体から力が抜ける。それでも許さずに何度もいじめてやると、ついに耐えきれなくなったらしい、ぺたんと座りこんでしまった。脚が震えている。
「立てないほど気持ち良いんだ」
「……っ、そういう事、言うの、無しです……っ」
「ん。……カイちゃん大丈夫? このまましたら……背中痛くならない?」
バスルームの床を指差して問うと、カイはのろのろ床を見て、それから遊馬を見る。大丈夫です、と小さく呟いたので、「じゃあ、痛かったら言うんだよ」と言ってやりながら、床に仰向けに横たえてやった。
腰を少し持ち上げてやって、ゆっくりカイの中に入る。随分慣れたらしい、苦しげに呻きはしたが、最初ほど辛そうでもない。少しの時間待って、馴染んできたら、遊馬はまずは小刻みに腰を揺すった。
「うぁ、あ、……っは」
「カイちゃん、こういうのも、好きだよね……」
「し、りませ、ん……っ、や、……っ」
カイはまた腕で顔を隠す。遊馬はそっとその手を取って、自分の背中に回させた。カイは困ったように遊馬から眼を逸らしていたが、やがてたまらなくなったらしい、ぎゅっと遊馬に縋りついて来る。遊馬もカイの頭を撫でたりしながら、小刻みに揺すったり、あるいはゆっくりと大きく動いたりを繰り返した。
「ア、ぁ、……ッ、ゆ、ま、さん……っ」
「やっぱ背中痛くなったら悪いから……本気のはベッドでやろうね、カイちゃん」
「何、言って……っ、ぁ、ああ! だ、ダメで、す……っ」
小さく揺すってやりながら、カイの前を扱いてやる。カイは大きく頭を振って、遊馬の手を止めようと、手を重ねてきた。が、力が入っていない。結果的に強請る様になっている事を、カイは判っているのだろうか? 気持ち良すぎるらしい、「ダメ」とか「いや」とかを繰り返すカイを無視して、そのまま愛してやると、カイは大きく息を呑んで、呆気無く果てた。
「――ッ、は、……っ、ぁ、……っ」
放心状態のカイを撫で、抱き上げると、軽くバスタオルで拭いてからベッドに連れて行く。頭が上手く働いてないらしく、カイは「遊馬さん、ゆまさん」と甘えるように名前を呼ぶ。それが愛らしくて、何度も何度もキスをしてやった。
改めて侵入すると、一度達して敏感になっていたらしい、「あぁあ……っ!」と大きく声を上げた。「ごめんな、痛かった?」と尋ねたが、カイは返事もせずに首を振る。
ゆまさん、ゆまさんと、名前を呼び続けるので、遊馬もまた、カイの耳元で名前を呼んでやった。ぎゅうと縋りついて来る。「好きです」と小さな声で言うので、遊馬は笑って「俺も好きだよ」と言ってやった。
全く、本当にこういう時は可愛い。呆れると共に、たまらなく愛しい。大きく腰を動かしてやると、もう我慢も出来ないらしい、時折甲高い声を上げて喘いだ。ぽろぽろ生理的な涙が零れているのを、キスで拭ってやりながら、遊馬はカイを長い時間、愛した。
深く、長く、言うなれば散々交わった。遊馬も流石に疲れ果てて、カイを抱きしめてベッドでうとうとしていた。このまま眠ろうかと思っていると、唐突にカイが、「僕の名前、知りたいんですか」と掠れた声で尋ねる。
「へ……?」
半分寝ていたので、頭が上手く回らず、それだけ答える。カイは聞こえなかったと思ったのか、「僕の本当の名前、知りたいんですか」ともう一度繰り返した。
「あー……ん、まあ、そりゃ、知れるなら知りたいけど、……カイちゃんが嫌なら、無理にとは、言わないよ?」
「……」
カイはしばらく黙っていたが、やがて小さく、「こんな事になるとは思わなかったんです」と呟く。
「へ?」
「ネットゲームを始めた時には、まさかその名前で呼ばれるとも思ってなかったですし、そもそもこんな風に交流するなんて、考えもしなかったんです。だから何も考えずに、オンラインネームを決めました。……判りますか」
「……えーと……つまり? どゆ事?」
何が言いたいのか今一つ判らない。遊馬が首を傾げると、カイは溜息を吐いて。
「僕の名前は、カイです。海って書いて。本名は、その、柚の花って書いて、そのまま柚花海、……です」
「……本名、だったんだ、カイちゃん……」
「仕方無いじゃないですか、名前付けた時は何も考えて無かったんですから……。全く、毎晩毎晩本名で呼ばれる方の身にもなって下さいよ、耳元で、たまったもんじゃない」
何故か恨みごとを言われた。少し考えてみて、ああ、なるほどなあと思う。カイは遊馬を好きだったわけで、好きな人間に、耳元で(ヘッドセットをつけてるのだから、当然そうなる)名前を呼ばれ続けたわけだ。そりゃあ、と思うと同時に、眉を寄せた。
「そんなら、名前変えれば良かったじゃない。別に面倒な事でもないし」
「そんなもったいない事、出来ますか」
どうしたいんだよお前は。遊馬が呆れていると、カイはじっと遊馬の顔を見て「遊馬さんは?」と問う。
「遊馬さんの本名は?」
「あー……やっぱり知りたい?」
「嫌ですか?」
「いやまあ、嫌じゃないけど。宇都宮真。真実の真ね」
「………………遊馬さんみたいな意地悪の人の、何処が真なんですか。詐欺ですよ詐欺」
「いやいやいや、その辺は親に言ってくれないと……」
「……で、何で遊馬なんですか」
「え、宇都宮のUと、真のま……」
「……」
「……」
「そのまんまじゃないですか!」
「カイちゃんにだけは言われたくないけどぉ!?」
カイは「全く」と溜息を吐く。
「まぁ、今更宇都宮さんって呼ぶのも変だし長いし、今後も遊馬さんって呼びますけど」
「そこは真さんのほうじゃないんだ」
「……そ、そこを真さんにすると、まるで恋人同士みたいじゃないですか」
「恋人同士じゃないの? 俺ら」
カイはしばらく黙ってから、「遊馬さんがそれでいいなら、それでいいですけど」と呟く。
「カイちゃんってよく判んないところで、すっごい控えめだよね。いつものゲームのテンションで行くなら『遊馬さん僕の恋人になってもいいですよ』ぐらいの事言いそうだけど」
「そ、そんな事は、その、……こういう事では、言えません」
カイは困ったような顔をしている。照れているのだ。それが判るから、遊馬は笑ってカイの頭を撫でた。
「じゃあ俺とカイちゃんは、恋人同士ね。んでめんどいから敢えて呼び方はそのまま。OK?」
「……はい」
「じゃあ、そういう事で。これからもよろしくね、カイちゃん……いや……カイ?」
「……呼び捨て、止めて下さい」
カイがなんとも言えない顔をしたので、遊馬は「うん」と頷いたが、時々呼び捨てて苛めようと思った。
「で、カイちゃん、風呂場で何してたの?」
翌朝、朝食を摂っている時に尋ねてみた。カイはトーストをかじりかけていたままのポーズで止まって、やがて溜息を吐いた。
「遊馬さん、ホント意地悪ですよね」
「いやーでも、言えないような事をしてたにしちゃあ、体力もってたし、たぶん違うなあと思って」
「……遊馬さんに、嫌われたと思って。ここ数日、飲んでたんです」
「ああ、缶、転がってたね」
「それでそのいささか……飲み過ぎまして。……昨日辺り二日酔いで……酷い目に会いまして」
「うん」
「……朝起きて、店に出れないと電話を入れて、それから遊馬さんにメールしたところで力尽きて……遊馬さんが来る直前まで、泥のように眠ってたんです」
遊馬はしばらく考えて、「ああ」と納得する。
「つまり、カイちゃん俺が好き過ぎて泣いて飲んで、デロデロになっちゃって、起きたばっかりで、シャワーしてたら、俺が来ちゃったんで、何も言えなかったと」
「泣いてないです、あとそういう言い方止めて下さい」
「大体合ってるだろ?」
「……全部遊馬さんが悪いんです」
「はいはい、ごめんな、寂しい思いさせて、泣かせてな」
「泣いてないですってば」
遊馬がニコニコしていると、カイは少々ムッとした表情を浮かべて、トーストを食べ始めた。全く、不器用で仕方無い奴だ。人の事はあまり言えないが。
「まぁいいじゃん、俺達二人とも似た者同士って事でさ。俺もカイちゃんに迷惑かけると思うよ、また飲んだくれて丸一日寝込んだりしちゃうかもしれないけど、それでいいなら、ずっと一緒に居ればいいんじゃない? 今更結婚しろとも言われないでしょ、カイちゃんも」
「……」
カイはしばらく何か考えているようだったが、「そうですね」と頷いて、
「でも、一日寝込むのは勘弁です」
と、呟いた。
不器用な二人が、同じ物が欠けている二人が、相変わらず少々歪んだ形で、それでも、少しづつ、少しづつお互いに、補おうとしながら、そこに居た。
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