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第7話(最終話)

 ぼんやりと目を覚ますと、ヴィアンテが何やら支度をしていた。  ボクが目を覚ましたことに、ヴィアンテは気づくと「ロザリア」と、ボクの名前を呼ぶ。 「目を覚ましたか」 「ぅん……。あ、はい」 「ん」  ヴィアンテは、ボクの元に来て、ボクの額に手を当てる。 「ん、大丈夫そうだな」 「?」 「そろそろ移動するぞ。ベルンシュタインの使いのもんが来る」 「父さんの……?」 「ん。まあ、もうお前の父ではないけどな」 「?」 「お前はもう俺の眷属。俺がお前の親のようなもんだよ」 「……そうなんだ」 「だから、もうロザリアという名前も名乗れないというか、意味を持たない」 「そうなの……?」 「ん」  ヴィアンテは、ボクを着替えさせたり、支度をしながら言う。 「というか、真名――本当の名前を知られたら、殺されやすくなるんだよ」 「へぇ」 「だから、ヴィアンテという名前も仮名だ」 「……ヴィアンテの真名は? 何て言うんですか?」 「…………」  ヴィアンテは手を止め、ボクの耳元で囁く。 「教えない」 「え、ズルいです!」 「くくっ。知りたかったら、てめえで調べな」 「むぅ」 「くくくっ」  さて、とヴィアンテはボクを抱き上げる。 「捕まっておけ、ルアンテ」 「ルアンテ……?」 「お前の名だ」 「……っ、はい」 「顔、赤いぞ。熱か?」 「……はい」  でも、それは好きっていう思いからの熱で。  ボクは、ぎゅっとヴィアンテに捕まる。  ヴィアンテは、ボクと荷物を持って、窓から飛び降りる。  そこで、初めて今が夜だと知った。  月は大きくて綺麗で、星も綺麗。  ボクは、ようやく外の空気を、ちゃんと吸えた気がした。 「少し飛ばすぞ、ルアンテ」 「はい」  ボクは、綺麗に飛び散った窓を見ながら、あることに気づいた。  それは、先ほどまでボクたちがいた場所のこと。  その場所は、ボクの家だった場所だった。  普段、使われない部屋だった。 「そっか……、ボクは出れたんだ」  嬉しくて涙を流すと、イリア先生の声が少し離れたところから聞こえた。  見てみると、少し先にいリア先生がいた。 「イリア先生……?」  ボクが言うと、ヴィアンテは頷く。 「一時的に世話になる、できたら嫌だけど」 「へぇ……」 「朝になったら、俺は良くてもお前がしんどいだろ」 「……優しい」 「うるせえ」  ヴィアンテは、そう言って、イリア先生のところに行った。 ✟ 「お疲れ、二人とも。車に乗りな」  イリア先生は、いつもと変わらない優しい声で言う。 「後ろで横になっているかい? ロザリア」 「はい」 「あ、もうロザリアという名前は意味ないか」 「え?」  ボクは、イリア先生の車の後ろで横になりながら訊く。 「先生、知っているんですか……?」 「大体は、ヴィアンテから聞いてるから。まあ、今後はヴィアンテにもらった名前が、真名になるからね。気をつけるんだよ」 「あ、はい」  ルアンテ。  それが、ボクの名前になる。  いや、なったんだ。  ヴィアンテと、名前が似ていて、とても嬉しいな。  ふふ、と笑っていると、ボクの隣に座るヴィアンテが怪訝そうな顔でボクを見る。 「何笑ってるんだ」 「……耳」 「ん?」  近づくヴィアンテの耳元で、ボクは囁く。 「教えない」 「あ、てめっ」 「へへ、やり返しです」 「〜〜〜〜」  ちっ、と舌打ちをするヴィアンテ。  それを見て、笑うボクとイリア先生。  イリア先生は「よし、飛ばすよ」と言って、発車した。  いつも家の中からでしか見れなかった景色が。  ボクたちの乗る車の横を過ぎ去っていく。  今は、難しくても、いつかは外を歩けるかな。  ヴィアンテと。  イリア先生とも。  チラリと、ヴィアンテを見ると、腕を組んで眠っていた。  ボクのせいで、色々と疲れさせてしまっている。  そう思うと、何だか申し訳なくなった。 「ロザリア」  イリア先生は、車を運転しながら、ボクに話しかける。 「身体、大丈夫かい?」 「あ、えっと、はい」  横になったまま、ボクは返事をする。 「不思議なんです。今までの痛みとかは、特になくて……」 「そっか。それは、良かった」 「……ヴィアンテは、ボクのせいで疲れているんですか?」 「ん? さあね。でも、もしもそうだとしても、それはあいつが好きでやっていること。君は気にしなくて良いんだ」 「…………」 「ヴィアンテは変わったよ。本来の人の心を取り戻したような感じだ」 「……え?」 「あいつの両親が殺された話は聞いたろ?」 「えっと、はい」 「それがきっかけで、人の心を捨ててしまったんだ。酷かったよ、色々。けどね、そんなあいつがまた人の心を取り戻した。感謝してるよ、ロザリア」 「……ボクの方こそ、ヴィアンテに感謝しているんです」  出られないと思った。  ずっと、ボクは家の中。  鳥かごの中の鳥だと思っていた。  だけど、ヴィアンテが出してくれた。  鳥かごの扉を開き、ボクを外に出してくれたんだ。 「イリア先生」  ボクは、イリア先生に言う。 「ルルベルトという鳥かごにいたボクを攫ったのは、とても美しい鬼でした」 「へぇ、それは面白いね。ヴィアンテが聞いていたら、恥ずかしくなって、赤面しているよ」 「今、ヴィアンテは眠っているから言えるんです」 「へぇ、そうだってよ」  ヴィアンテ、とイリア先生が言うと、ヴィアンテは「まあな」と言った。  ボクは驚き「え」と、ヴィアンテを見る。 「起きてたの……?」 「当たり前だ。寝るのは太陽が出てからだ」 「え、じゃあ、全部聞いてたの……?」 「当たり前だ」  そう言ったヴィアンテの顔は赤かった。  それを見て、ボクは嬉しくなって、笑って、イリア先生に言う。 「ヴィアンテ、顔真っ赤です。先生」 「ははは、だろ? こいつは、照れ屋なんだよ。実は」  イリア先生が言うと、ヴィアンテは「るせぇ!」と言った。  多分、それは照れ隠し。  段々と、ヴィアンテのことが、解ってきた気がする。  それが嬉しくて。  ボクは、心の底から笑った。  こうして。  ボク、ロザリア=ルルベルト改め、半吸血鬼の眷属、ルアンテと、半吸血鬼、ヴィアンテの新生活が始まった。  始まってしまった。

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