1 / 2

前編

 人類は進化を遂げた。  男性、女性の性別を越えた二種類の性別が生まれた。  今までの人類はβと分類され、新人類はαとΩに分類された。  Ω性を持つ新人類は、ヒートと呼ばれる発情期の期間妊娠ができる。男だろうが女だろうがだ。いつ妊娠するかわからないβの女より効率的だ。  α性を持つ新人類は男型、女型問わず高い知性とカリスマ性を備え、この新世界の頂点に君臨するため教育を受ける。  そして、俺の通う神波学園はαのみが通えるエリート高校だ。αによるαのための学校だ。  でも、こんな世界くそ食らえだ。α以外を見下した授業内容にはうんざりする。  下らない毎日のエスケープ先は保健室だ。  消毒液の臭いのする、学校のなかで一番清潔な場所。保健室の先生はこの学校にはいない。勝手に使える都合のいい場所でもある。  けれどこの学校は『意識の高い系α』ばかりなので、俺のように授業をサボるやつはほとんどいない。  カラカラと保健室のドアを開くと、不思議な香りが漂った。  消毒液の臭いではない。甘い甘い、花のような匂い。  ヒート中のΩが放つフェロモンも、甘い花のような匂いだと聞いたことがある。でも、それなら俺の体もフェロモンに当てられ反応するはずだ。そもそもこの学校にはαしかいない。  いつも俺が寝るベッドへ近付くとその匂いが濃く感じる。  仕切られたカーテンを開けると、同じ制服を着た生徒が寝ていた。  カーテンを開ける音で目が覚めたのか、先客がベッドから体を起こす。 「なに? 寝てんだけど」  下から見上げるように睨まれた。 「あ、悪い……俺も寝ようと思ってて」 「他のベッド、空いてるぞ」 「そう、なんだけど」 「なんだよ」 「お前、本当にαなの?」 「αだ。つーか、この学校はα以外入学できねえ……だろう?」 「なんだろう、運命の番なんて信じてるわけじゃないけど、なんとなくお前が運命ならいいなって、思った」 「アンタ、キザなやつだな」  作り物のような、きれいな笑顔を俺に見せてくる。 「なあ、お前もう番はいるのか?」 「まだ学生だろうが。ホイホイ誰かと番になってたまるかよ。それに俺は、興味ねえんだ。そういう……運命とか」 「運命は、変えられないらしいぜ? だけど、その運命がくるまで、俺と付き合ってほしい」 「いいぜ。アンタから誘ってきたんだ、分かるよな?」  瞬間、強い力で押し倒された。 「アンタ、名前は?」 「春日弘志、2年だ。お前は?」 「へえ、センパイなんだ。俺は赤間優吾、1年だ」  自己紹介が終わったところで、優吾の腕時計のアラームが小さく鳴った。優吾はポケットからピルケースを取り出し真っ赤な薬を一粒摘まむと口に入れ飲み込んだ。 「なにそれ、お前ドラッグでもやってんの?」 「持病の薬……らしいよ。それよりほら、やろうぜセンパイ」  保健室の備品のワセリンを潤滑剤に、ケツの穴を解される。最初のピリピリとした痛みがなくなると、思っていたより気持ちいい。  男型Ωもこんな気分なのかな、などと思っていたら指が抜けた。 「じゃあ、入れるけどいい?」  今まで散々ケツに指突っ込んどいて、いいもなにもないだろう。 「さっさと入れろよ」 「オッケー、センパイ」  完璧な存在であるαの俺が、同じく完璧な存在であるαに犯されている。よく、地位の高い人間がSMクラブにハマると聞くけど、なんとなく、わかる気がした。  それから毎日、ふたりで保健室に入り浸りのセックス三昧。  気持ちよさと、堕落した背徳感が、なんとも堪らなかった。  ふたりではじめて迎えたゴールデンウィークはスタンド・バイ・ミー。死体を見つけに行く訳ではないが、ひと夏の思いで作りだ。αは幼い頃から金のなる木だと社会からも家庭からも庇護され続ける。未成年のαが親に黙って出掛けるなど、ご法度だ。  電車を乗り継いで遠くへ出掛ける。ちょうど電車を降りたとき、いつもの時間、優吾の腕時計のアラームが鳴ったが、優吾は薬を飲もうとしなかった。 「おい、優吾。薬、いいのか?」 「あー、持ってくるの忘れたんだ。別にいいよ。前飲み忘れたことあったけど、なんもなかったし」 「ホントかよ」 「それより、早く水族館行こうぜ」  スリルも冒険もなにもない、ただの観光デートなスタンド・バイ・ミーを楽しむ。  水族館の大きな水槽は見尽くしたので、今度は地下のクラゲの水槽へ向かう。ゆらゆらと水槽の中で踊るクラゲを見ていると、スマホの速報ニュースを通知するバイブが鳴った。 「天皇陛下、退位の儀式終わったって」 「ああ、今日だったっけ。そんなら、平成の終わりから令和のはじまりをアンタと過ごせるな」 「優吾、お前も結構キザだな」 「アンタの真似しただけだよ」  そんなバカなことを言いながら笑いあう。その間にも何度か優吾の腕時計のアラームが鳴ったが、優吾は平然としていた。 「きれいだな」  優吾が笑う。優吾と俺は運命ではないのに、このままふたりで永遠に過ごせるんじゃないかという錯覚に陥った。

ともだちにシェアしよう!