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彼の、話。
うちの上司はめちゃくちゃ顔が恐い。
180センチは優にあるだろう長身と、鋭い三白眼。
無駄のない短い黒髪に、眉間に刻まれた深い皺が厳格そうだ。
手足が長くて細身だが、痩せてはいない。筋肉質な体格に見合った重低音な声。
顔だけではなく、その姿かたち全てが、威圧感のかたまりというか……。
とにかく、雰囲気がとてつもなく恐いのだ。
しかし彼は見かけ倒しではない。
まだ三十半ばだというのに、主任から課長までの昇進は今までのどの先輩たちよりも早かったらしい。
何をするにも頭の回転が早く指示も的確で、冷静で合理的。
なのに基本的には部下に任せて自由にさせてくれる。
そのバランスが絶妙なのだ。
取引先の要望を正確に判断して受け入れつつ、部下たちの進捗も把握していて無理はさせない。
そして大きな仕事をこなしたり成果をあげたときは、こちらが恐縮するほどまっすぐに褒めて喜んでくれる。
そういった塩梅がなんとも上手で、この人について行きたい、この人の役に立ちたいと思える上司である。顔は恐いけれど。
以前、通勤中の電車のなかで課長に会ったことがあるが、俺は朝が弱くて午前中はあまり頭がまわらない。
できることなら通勤中は、一日のなかで一番他人と話したくない時間帯だ。
だから課長がいるのを分かっていながらも、少し離れたところで気付かないふりをしていた。
それにあの通勤ラッシュの満員電車だ。
たとえ顔見知りの人がいたとしても、あんな人間の壁に囲まれたところでは、そもそも容易に近づけない。
会社の最寄り駅につくまでの間、ぼんやりと車窓からの景色を眺めながら、たまに課長の後ろ姿を盗み見ていた。
課長の前には赤ちゃんを抱いた女性がいて、その女性は背中を向けていて気付かないようだったが、抱っこされている赤ちゃんはしきりに課長のほうを向いては、小さな手を伸ばしてあうあうと何か喋っている。
俺の位置からだと課長の表情は見えなくて、ちょっと気になる。
だって赤ちゃん、すごく満面の笑みだ。かわいい。
課長は一体どんなことをして、赤ちゃんの笑顔を引き出しているんだろうか。
お母さんにも気づかれずに、実は変顔とかしていたり……?
うわ何それ見たい。すごく見たい。
赤ちゃんにだけ見せる顔、俺にもちょっと向けてほしいかも。
……なんて考えていたら、いつの間にか最寄り駅についていた。
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