10 / 10

【ゴールライン】咲房

キーン…… 微かな音をたてて飛行機に切り取られてゆく青空。 蝉の声、風鈴の音 照りつける灼熱の太陽。 やっと訪れた夏──   (あちー、うるせー) カラッとした大気はあっという間に日干しになりそうで、照り付ける熱線は日焼けどころか火傷をしそうだ。 先日やっと湿気を含んだ空気が抜けた。 鼠色だった空は青く澄みわたり、今はメレンゲのような白い雲が浮かんでいる。 俺は眩しい夏空を見上げて相棒の到着を待っていた。 「ただいまー。はあ、今年も大変だった……」 「お帰り、お疲れさん」 相棒が、大仕事を終えた知り合いを見送って戻ってきた。彼女の巨体なツレも同時に押し上げてきたので疲労も溜まったことだろう。 「あっちい。疲れた。頑張った俺をねぎらってくれ」 「いいぜ。何して欲しい?」 「アイス買って」 「安い駄賃だな」 疲れたと言いながらも楽しそうなヤツとコンビニに向かった。クーラーの効いた店内でアイスを選ぶ。 「桃のポピコも美味しいよな。でも今日はコレにしよ」 俺は蜜柑がごろごろ入ったアイスバー、相棒はミントグリーンのかき氷風のバーを選んだ。コンビニを出て木陰のベンチで袋を開けた。 「近頃のアイスは凝ってて美味いな」 「まったくだ」 「なあ、コレ食ったことある?今年出たゴリゴリくんチョコミント味。後味もスーッと涼しくていいぞ」 「へえ……んっ、ホントだ」 「な?」 相棒が顔を近づけ俺に味見をさせた。確かにミント感が清涼だ。アイスで冷えた奴の舌も気持ちがいい。 「お勤めご苦労さん。おかげでやっと夏が来たぞ」 「ようやくだよ……。つゆちゃん今年も(かえる)に乗っていっただろ?牛蛙(うしがえる)のヤロウちっとも下界に下りなくて、やっと行ったと思ったら不規則に跳んで変なところで止まるから、彼女大泣きしちゃって……」 そういえば今年も極地的な集中豪雨だったな。 俺はアイスと舌の余韻を楽しみながらそう思い返していた。 あるところでは短時間に数カ月分の雨が降り、またあるところでは長時間にわたり降り()まなかった。それらのせいで川は氾濫し山肌は崖崩れを起こしている。 つゆ姫の仕事は足の遅い蝸牛に乗り、しくしくさめざめ泣きながらのんびりと北上することだ。だがその蝸牛は高齢で、ここ数年は相性の悪い牛蛙に乗っている。 相棒は彼女らを日本列島の上部に押し上げて行ったのだ。 「いっそのこと(かえる)寺の近くにある紫陽花(あじさい)寺で素質のありそうな蝸牛(カタツムリ)をナンパしたらいいんじゃねえか?上の蓮池のほとりに引っ越してもらったら、あっという間につゆ姫乗せられるくらいには大きくなるぞ」 「池飼いの金魚じゃあるまいに。そうそう大きくなれるかよ」 気まぐれ蛙を手なずけるのが先か、若い蝸牛の育成が先か。蓬莱(ほうらい)御座(おわ)す方々も頭を痛めているようだ。 アイスのゴミを公園のゴミ箱に捨て、木陰を出て眩しい光の中に入った。途端に肌が灼熱に焼かれる。 「何にせよつゆ姫の大泣きで日本列島は大災害だ。被害も甚大だしな。しょうがない、今年の不運は俺らが穴埋めしとくか」  そう言った俺を相棒は歩きながら振り返った。 「派手にゴロゴロするのか?それは人間達には嫌がられるぞ。子供たちにへそ取られるって泣かれても知らねーぞ」 「取らねーよ」 「蛙のへそ取っただろ」 「取るか、バカ言うな」 「はははっ。いいぜ、テンション上がってきた。よし、疾風(はやて)南風(はえ)も呼ぼう。あいつらもつゆ姫と蛙を押し上げたから褒美だ」 「お前のとこの眷属も呼ぶのか。じゃあお前らで科戸(しなと)の風にしてくれ」 科戸(しなと)の風とは罪や汚れを吹き払う縁起の良い風の事だ。 「任せろ。お前も植物達には久方ぶりの雷様だ、稲も野菜も山の木々も、お前との再会を根を張り巡らせて待っているだろうよ」 植物の成長に必要な肥料の一つである窒素。 雷はその窒素を水中に固定する。放電で空気中の窒素が水に溶け込むと、その水で育つ植物は通常より早く大きく成長するのだ。 「雷の多い年は豊作になる」という言い伝えは真実だった。 人間には恐れられ嫌がられる雷雨は、実は植物には成長を促す祝福の瑞雨(ずいう)なのだ。 「今年の西瓜をうんと甘くしてやろう」 「それいいな。よし、派手にやってやるか」 「ああ。存分に暴れていいぜ」 「やった!善は急げだ、あそこまで競走な」 相棒が空中の水蒸気を集めて雲を作り始めた。俺も倣って足元を黒く固めてゆく。 奴が指差した先は空。 炎天下、俺達は飛行機が作ったゴールラインに向かって掛け登って行った。 〈了〉

ともだちにシェアしよう!