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第7話
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
目を開けると薄暗い天井がぼんやりと見えた。
ここがバーではないことはすぐに理解した。
多分、自分の家でもない。匂いが違うのでなんとなくわかる。
酔った自分が同意したのか、もしくは、お持ち帰りされてしまったのか。
どちらにせよ、記憶が定かではない。
こんなこと、二度と起きないようにと心がけていただけにこれはショックだ。
衣類が乱れていないので体の関係はもっていないようで、それがせめてもの救いだった。
上体を起こすと、ベッドの上にいる自分を確認した。
丁寧にタオルケットがかけてある。
枕元にスマホが置いてあったので確認すると深夜の一時をまわったところだった。ベッドからおりて、恐る恐るドアに近付く。
光が漏れているので家主はまだ起きているらしい。
一度深呼吸して気持ちを落ち着かせ、意を決してドアを開けた。
そこは廊下だった。廊下を歩き、リビングの扉を開く。
奥のソファでテレビを見ながら何かを飲んでいるのは見覚えのある人物でほっとした。
「葵さん、すみません、ご迷惑おかけしたみたいで」
「あ、起きた?おはよう」
飲み足りなかったのか、葵は酒を飲んでいるようだった。
テーブルにはつまみ代わりだろうか、クッキーが置いてある。
「何か飲む?お茶?」
「葵さんは何を飲んでるんですか?」
近付くと、牛乳とカルーアの瓶が置いてあった。壮太の大好物だ。
「ああ、見られちゃった。ごめんね、男っぽくなくて」
笑いながら、飲む?と勧められたので思わず頷いてしまった。
葵はキッチンから氷を入れたグラスを持ってきてくれて、カルーアミルクを作ってくれた。
「横、どうぞ」
「ありがとうございます」
葵の隣に座り、ちびちびと酒を飲む。
ちらり、と葵を見る。特に何も変わった様子はない。
「オレ、何か口走ってました?」
「ん?んー、知りたい?」
「……一応」
自分の失態から目を背けてはいけない気がする。
そう思った。葵は少し考えて、そうだねぇ、と続けた。
「誘われちゃった。今夜だけ、って」
「えっ?!」
だめだ、トイレに行った覚えはあるが、その後の記憶はないので動いた拍子に酔いが回ってしまったのだろう。
「そのあと君、ダウンしちゃって。流石にそのままにもしておけないし、家も分からないから連れて帰っちゃった。手は出してないから安心してね」
ああ、なんて紳士なのだろう。
昨日の放置プレイを仕掛けた葵とはまるで別人だ。
とても優しく思いやりに溢れている。おまけにイケメン。まさに理想像、理想の男。
童顔の自分にはあまりにも勿体ない。
「どうする?帰る?」
「……」
悩む自分がいた。
本来ならここで帰るべきなのだ。そうならないのは相手が葵だからだろう。
アルコールのせいで人肌が恋しくなっている、という現実。
葵に依存してしまいたい、という思い。もっと優しくしてほしい、撫でてほしい、触ってほしい、抱いてほしい。
恋人でもない相手にそんな感情を抱くなんて、本当にどうかしている。
自ずからセフレになってほしい、と願っているようなものではないか。
「……んっと、」
ちらり、と葵を見る。
葵は決して体の関係を強要したりしない。
選択権は常に壮太にある。否、そのように仕向けられているのかもしれない。
もしここで葵が襲ってくれれば流された、と言い訳ができるのに、そうさせてくれない。
「葵さんって、結構意地悪です?」
「うん、そうだよ」
笑顔で答える葵に嘘偽りはないだろう。
帰らなければならないという気持ちと、襲われたいという願いに揺られながら、気付けば壮太は葵の笑顔の虜になってしまっていた。
その笑顔を向けられるだけで、きゅうん、と胸を締め付けられてしまう。
この人が恋人ならどれだけ嬉しいだろうか。
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