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第8話
「……ってほしい、です」
「ん?何?」
ぼそり、と言った言葉はあまりにも小声で葵の耳には届かなかったらしい。
このまま言い直さなければいいのかもしれないが、理性が欲望に負けたのが自分でもよく分かった。
「触ってほしい」
「触るだけでいい?」
ああ、この人は本当に、人を窮地に追い込んでいく。
壮太の心の内を見透かして、それでいて、自分からは何もしない。
壮太のアクションをひたすら待ち、時にこうして、アクションを起こさせようとする。
頬に触れる葵の手のひらがとても温かく、心地よく。
もっと触ってほしくて、離れようとする手のひらを引き留めてしまった。
きっとこれは、アルコールのせいなのだ。素面でこんなこと、したりしない。
……多分。
「酔いが回ってるんじゃない?帰る?送るよ」
ぶんぶん、と首を横に振る。
今帰っても家には自分一人だけ。
それではこの欲求はいつまで経っても満たされない。
それだけは嫌だった。
「やだ……葵さん、ねえ、お願い」
自ら葵に抱きついて、ゆっくりと見上げた。
葵は微笑んでいて、でも何も言わなくて。
壮太の言葉をただただ待っているだけだ。ああ、本当に、意地悪だ。
「今夜だけでいいから、抱いてよ」
「今夜だけ、ねえ」
くすり、と葵は笑って壮太の頬に口付けた。
「昨日も聞いたけどね、それ」
耳元で囁かれ、かあっと顔が熱くなった。
自分でもそれは分かっている。
昨日は確かに一夜限りと思っていたし、もう会うこともないだろうと思っていた。
まさか再会するなんて思わなかったから、普段やらないようなこともしてしまった。
本当に、再会するなんて夢にも思っていなかったから。
「葵さん、意地悪しないで」
「今日は優しくされたいの?」
「うん」
「そっか、それは悪かったね、随分意地悪しちゃった」
許してね、と葵は言って壮太を抱き返した。
頭を撫でられるだけで心地よい。
ああ、もっとこの温もりを感じたい。もっと、直に感じたい。
「移動しようか。」
「……はい」
葵の提案で、二人は寝室に移動した。
壮太が目覚めたあの部屋だ。
ベッドに腰かけると葵は小さくため息をついた。
「参ったな、我慢できないかもしれない」
「我慢?」
「ううん、こっちの話。キスしていい?」
意思が弱い自分をなじるのは後にしよう。
今は葵の温もりを手放したくない。
この場限りでいいから葵に身を委ねたい。依存してしまいたい。
「葵さんの、いいようにしてください」
この過ちを後悔するのは朝になってからでいい。
壮太は瞳を閉じて、それを待った。
柔らかな唇が壮太の唇に触れる。
つつくようなキスにもどかしさを覚え、ぎゅう、と力強く服を鷲掴んだ。
ああ、じれったい。
こんな子どものキスではなくて、もっと深いそれがほしい。
もっともっと葵の熱を感じたい。
もっと、
「葵さん、乱暴にしていいから、お願い、意地悪しないで」
「優しくされたいんじゃないの?」
「でも、じれったいのは我慢できない」
すぐそこにほしいものがあるのになかなか与えられないのは辛い。
葵を見上げ、壮太はただただ懇願する。
あなたの熱をください、と。
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