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山下友治 16
「試してみたいなって、思ってるでしょ?」
図星をつかれたのか、理人は固まってしまい、無反応だ。
そんな様子を見て、可愛いね、と茶化している。
「忘れられないんでしょ?」
唇を触れられて、理人はごくり、と生唾を飲み込んだ。
たった一度のキスなのに、理人にはそれほどに強い印象だったようだ。
葵の酔いは覚めているはずだから、素面のはずだ。
よくもまあ、友治の前で堂々と、と文句の一つでも言いたいところだが、少し期待しているような、そんな理人を見てしまうと何も言えなくなってしまう。
葵もそれは理解しているから、先程、その確認をしたのだ。
「大丈夫。最後までしなくても、足腰立たなくすることくらい、できるから」
「え……?」
葵なら不可能ではないだろう。
葵の言葉と色めいた雰囲気に押され、理人の意志がぐらぐら揺らいでいるのが見てわかった。
「ああ、友治」
理人の額にちゅ、とキスをしてから葵は友治の方に顔を向けた。
いつもの愛想良い笑顔だった。
「お前は後からお仕置きな?」
「……」
良い笑顔でさらっと怖いことを言うな!と、文句を言おうとしたけれど、笑顔から放たれる圧が怖すぎて何も言い返せなかった。
まさか、壮太がシャワーをしているこの短時間で色々な事を済ませるつもりだろうか。
いや、まさかそんな、さすがにそれは、ない……ないよね?
「お仕置きって、何をするんですか」
理人よ、それは今聞くことではない。
友治の心の中のツッコミは当然届くはずもなく、理人は目を輝かせながら葵に尋ねている。
「理人くんは、タチだっけ?」
「あ、いや、どうでしょう。壮太が相手だったからずっとそっち側をしてましたけど、友治さんが相手だと、ネコ?側の方がいいのかなって思って」
「ああ、つまり、定まってないんだね」
理人はどちらかというとノンケ側の人間だ。
男同士の世界にはほんの少し足を踏み入れただけで、そこまで詳しいことはないだろう。
「どっちが良かった?」
「えっと、……」
その質問、そんなに深く考えなくていいぞ、と言ってやりたいところだが、理人は真剣に悩み始めてしまった。
そういう真面目なところも好きなんだけども。
「壮太って、虐げられるのが好きだから、今まではその嗜好に合わせてやってきたんです。だから、プレイを楽しむ、みたいな感じだったので、どうすれば気持ちよくなるのか、とか、ツボ?みたいなのが、よく分からなくて」
自分なりに調べてはいたのだろうが、知識を仕入れるにも限度があるのだろう。
「だから、葵さんの話を聞いてて、すごいなーって。オレにもそういうのが分かるようになったら、見えてくる世界がもっと変わってくるのかな、って」
「……教えてもらわなかったの?」
ちらり、と葵は友治を見てきた。
一応、理人と行為をするときにそういうポイントに関しては簡単に説明はしていたけれど、結局、最中に攻めるついでに教えていたものだから、しっかり理解できているかどうかと問われると、そこまでは分からない。それどころではなかったかもしれないし。
「折角の機会だし、勉強してみる?」
「勉強ってお前、」
いいじゃん、と葵はい文句を言いかけた友治の言葉を遮った。
「その気があるなら教えるよ。壮太もちょうど、来たみたいだし」
シャワーを終えてリビングに来るや否や、突然名前を呼ばれたものだから、壮太はびくっとして、はい?と目をぱちくりさせている。
なんだか嫌な予感しかしないけれど、ここで止めに入ったら間違いなく標的にされてしまう。
いつもの笑顔ではあるけれど、葵は静かに怒っている。
……なんだかそんな気がする。
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