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第1話
「いらっしゃいませー」
来た。
本庄(ほんじょう)のアルバイト先であるコンビニには、深夜ちょっとした名物客が居る。
カツ、カツ。
まずは、雑誌コーナーを悠々とした足取りで靴音を響かせ、(たぶん)横目でジュースの棚を通り過ぎ、デザートコーナーを一瞥し、弁当コーナーに見向きもしないでレジに到達する。毎回このコース。
「ホットコーヒー、ひとつ」
低い美声が耳をくすぐる。
決まって注文はコレのみ。
「はい、ホットコーヒーですね。サイズは――」
「レギュラー」
コレもお決まりの文句。毎回確認するのは、ちょっと気になるからかもしれない。サングラスを掛け、いかにもな黒スーツをカッチリと着込んだ、このスキンヘッドの男が。コンビニの安さが売りのコーヒーよりも、優雅にテラスなんかで至福の一杯を楽しみそうな外見なのに。何がそんなにそそるのか。しかも真夜中にカフェインだ。本庄には到底理解できない行動。
行動パターンを覚えてしまう程度には、ヒマな時はそれとなく目で追ってしまっていた。
「……ああ、33番ひとつ」
「煙草吸われるんですか? ……あ、すみません。33番ですね」
はじめてだ。
珍しい事もあるものだと目を見開いたが一瞬でソレを改め、本庄は営業スマイルに切り替える。
詮索は無用。気分を害したりしていないだろうか。
「吸わない。怖くはないのか?」
では、おつかいか。――ダレの?
こんな強面の(サングラスでよく解らないけど)いい男をパシリにするヤツって。
「お客さんを、ですか? 俺、物怖じしないらしいンで」
それにこの人、今まで怖がるようなこと何もしてないし。
「いい事だ。――また」
「……ぁ、また。ありがと、ございますー」
掛けられた思わぬ言葉と(たぶん)緩んだ口元に目を奪われて、言葉が詰まる。
呆然とした本庄が男の背を見送り、テンプレから外れたファーストコンタクトは終了した。
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