2 / 10
第2話
「六百七十五円のお返しで――ぃッ?!」
おつりを返そうとした手をそのまま包まれ引かれ、本庄は目を剥いた。しかもすごい力。男の自分でも太刀打ちができないほどの。
新手(あらて)の強盗か?
それにしてはちゃっちい金額だ。いや、それともこれから刃物でも突き出して要求するのか? だがしかし、ある程度溜まったら奥に引っ込めるし、昨今電子マネー化が進みレジに入れておく額は少なくなっていく一方だ。防犯カメラにも映っているだろうし、ハイリスク・ローリターンでいい事などありはしない。
「ッお、お客さ……」
左手を人質にされ、大変不本意ながらカウンターに突っ伏した本庄はさらに頬を撫でられるという不測の事態に陥る。
一体ナニが起こるというのだ。
「あン、いい素材だわッ!!」
「……は?」
やや高めではあるが男性の声を頼りに顔を上げた先はド迫力な美人なお兄さ……ん? が。よくよく目を凝らせば、バッチリメイクを施し、下着が見えるのではないかと思える程のミニスカートにキレイな脚線美、何センチあるだろうかあのピンヒール。
「ナニこのキメの細かさ! 憎いわッ! あなた、こんなチンケなコンビニじゃなくて、ウチで働きな――ッぶ!!」
「汚い手を離せ、クソカマ」
新たな声音と共に本庄を戒めていたモノが離れる。
「あー……イラッシャイマセぇ」
一見堅気でない商売に見える出で立ちの見慣れた黒スーツによって、言いようの無い安堵に包まれる。片言になってしまったのは致し方ない。
「あっらぁー、珍しい所で会うわね、しーちゃん」
しーちゃん。……ダレ?
どうやら顔見知りらしい二人から距離を取ろうとするも阻まれる。
「ホットコーヒーひとつ」
しがないアルバイト店員はつらいよ。物怖じはしない方だが、面倒事はゴメンだ。
「……はい、サイズは――」
「レギュラー」
オネェサンだかオニィサンだか解らない人との攻防で、どうやらご来店に気付かなかったらしい。申し訳ない。そして、雑誌立ち読みしていたはずのもう一人の店員がいつの間にか消えていた。奥に引っ込むくらいなら、助けろよ!
薄情な同僚に心の涙を流すも、タッチパネルで商品を検索する。ああ、俺ってば従業員の鑑(かがみ)。そういえばいつも適当な年齢で打ってるけど、この人っていくつだ?
「時給は確実に今の倍以上よ。気が変わったらココへ連絡ちょうだい」
そう言って魅力的なウインクと共にオネェオニィサン(どっちか解らん)から渡されるピンクの名刺からはいい匂いが。女子力?
「一般人をおかしな世界に引き込むな」
やっぱり一般人ではないのか、彼らは。
「この変態に困ったらココへ連絡しろ」
溜め息をつきつつ、節くれだった長い指で流れるようにしてレシートの裏に書かれる番号。
ドコに繋がるのだ。
怪しげな組の事務所とかだったらどうしよう。
賑やかに去って行く二つの背を眺めながら、本庄は手に残った番号に途方に暮れた。
ともだちにシェアしよう!