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第23話
俺は主将に用件だけを伝える。
あえて突っ込まない。
こんなに人があまり余っているだから、マネージャーという線は一応排除しておくのだ。
バレー部員のメンツを守るためでもある。(全くもって嘘)
しかし、その際に一切の視線を寄越さず主将とだけ視線を交えれば、ひしひしと感じる視線にどうしても口角が緩む。
櫻田という男に気に入られようと、己が未だに何かを諦めきれていない、そんなオーラが伝わってくる。
唇を噛むような苦しさを味わっているのか、俺が踵を返せばアイツは俯いて、膝の上においている両手が小刻みに震えていた。
やっぱりな。
アイツは俺が好きだ。
鎌をかけるようにして補佐役を降ろしたのは、アイツのすがる顔が見たかったからだ。
しかし、中途半端な潔さを見せたアイツは、俺をないがしろにしようとした。
櫻田という男を利用して。
そう、ヤツは利用されただけだ。
信用もクソもない、ただ、都合よく隣を埋められた憐れな男だ。
俺は、俺の手でしか摘み取れない可憐な花に水をやろう。
一日ばかり、水やりをサボってしまったからな。
反抗して萎れている。
だから、俺は優しく水をやる。
怒りなどは一切含まず、愛だけを肥料に混ぜて水をやる。
純粋に「齊藤河南」が好きだから、俺の手でしか摘み取れないような花を、俺が育てるのだ。
他人から水をやられても萎れるだけの、俺専用の花。
アイツの前を通り過ぎ、数歩先で立ち止まる。
「齊藤、今すぐ来い」
優しく、水やりをする。
振り返った先に、俺専用の花が、俺から撒かれる水を心待ちにしている。
「先日の話は撤回だ。俺の仕事が多くて叶わん。それに、お前に焦らしは良くないと学んだからな」
おいで。俺だけの花。
「泉先輩……っ。気付いて――!」
赤面しながら俺のそばまで駆けてきて、耳が垂れているかのような愛嬌を振り撒き俺をみる。
俺はその顔が見たかった。
俺に見せるそんな表情を、待っていた。
満たされる思いと貪欲な「もっとみたい」という欲。
俺は、齊藤の耳元で「お前が俺を好きってことか?そんなの泣きながら俺のもとから離れれば、簡単に勘づくさ」そう囁く。
如何にも、俺もお前が好きだから、こうして呼び戻しているのだと、言わんばかりに。
だが、齊藤にはそんな裏の魂胆までは伝わるまい。
純粋なだけに、きちんと言葉にしてあげて、安心させなければすぐに萎れてしまう。
俺専用の花なのだ、俺が元気を取り戻す「薬」となればいい。
「先輩っ!」
飛び付くようにして抱き着いてきた齊藤を前に、公衆の面前だろうが部活動中だろうが、愛でるのは致し方ない。
現代語では齊藤のような可愛さを「神ってる」というのだろうな。
ゲーム中のバレー部12人を除いた部員の視線は、俺たち二人に注がれ、その俺たちの空間に唾を飲み込む音が聞こえた。
俺は生徒会長で、彼らは恐らく俺を崇拝している生徒の一人。
以前齊藤を傷付けたチンピラの輩ぐらいだ。俺が少し印象を変えただけで生徒会長だと見抜けず、妬みそねみを持っているのは。
見せつけて、これは俺の花だということを示すのも手ではある。
俺は構わず、体育館で愛で続け、最終的に櫻田を差し置いて、俺が腰を抱く手を、齊藤は拒まなかった。
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