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だいぼうけん! 5

自分の心臓の音に急き立てられるようだった。 地鳴りのように重たく響く拍動と、じりじりと熱い脈を自分では御しきれなくなっている。 こんな至近距離で、腕の檻の中でまだ敬吾が何か言っているのが弱々しくて小うるさい断末魔に聞こえる。 喉笛に齧り付いて封じてしまえと頭のどこかで囁かれるのをどうにか抑え込み、逸は指先で敬吾の喉をなぞった。 敬吾がまたなにか言ったけれども、言葉として認識できない。 「ーー怒ってないですよ……」 ただ欲情しているだけ。 いや、これはもう発情だろうか、それとも食欲か。 何か、喉元に刃物でも翳されている気持ちになって敬吾は息を呑んだ。 小さく呟かれた逸の声がすっかり掠れてしまっている。 それがなぜか、今度は悲しそうに聞こえてーーどうしたらいいのか分からない。 これから足を踏み入れるのは、本当にいつも通りのセックスだろうか? 概念のようにぼんやりとそう考える敬吾の腰元が、急に冷たくなった。 「っわぁ!!?」 「ごめんなさい……もう無理だ」 「えっ、わっわっ」 ファスナーを下ろされ、下着の中に逸の手が入る。 火炙りにでもするつもりかと思うほど、熱い。何をそんなにーー。 逸の考えていることも、自分の状況も分からなくて敬吾の顔はもう泣き出す寸前であった。 冷静になりたいと思うのだが、それが許されない。どうしたらいいのかも分からない。 際どいところには触れないまでも、乱暴に尻を揉まれて赤くなるほか無かった。 肉などほとんど付いていないのに、よくもそんな執拗に掴み上げるものだーー。 その敬吾の密かな困惑は逸には届かない。 ただもう生皮でも剥ぐように敬吾を裸にしてしまいたくて腕を上げさせると、肘が豪快にテーブルの角に当たる。 さほど強くは当たらなかったが、場所が悪かった。泣きたいほど神経に響く。 その悲痛な呻きも聞き届けられなかったうえ、逸もまたテーブルだの壁だのに体をぶつけている。 ーーこのまま床でする気か。 逸はすでに上半身裸で、今バックルに手を掛けているところだった。 敬吾が必死でタックルまがいのストップをかける。 灯りも落としたかった。 逸の顔が不機嫌そうに歪む。 「…………なんですか」 睨まれて、敬吾は正真正銘恐ろしくなった。 忠犬だの馬鹿犬だのと思っていたが、改めよう。狼か狂犬だ、この男は。 いっそ諦めたような気持ちになってしまって、敬吾は冷静に逸を諭した。 「ベッドにしてくれ…、さっきからあっちこっちぶつけてんだよ」 「えっ、すみません」 謝るのか。睨んだくせに……。 しかも謝りながらも目つきは一寸ばかりも改善しない。 呆れながらも、今だとばかりに敬吾は言った。 「電気も消すぞ」 敬吾がスイッチを叩くと即座に枕元のライトが点けられる。 「なんでだ!」 「俺鳥目気味なんで」 「しっ知らねーよ!」 「敬吾さん、脱いで」 逸はさっさとジーンズを脱ぎ捨てていた。それが落とされる重たい音と同時にベッドに腰掛けている。 敬吾はもたついたことを後悔していた。 「……っそんな見るな」 「無茶なこと言いますね」 「………………っ」 「じゃ、脱がしてあげますからこっち来て」 「〜〜〜〜〜〜〜っ………」 「ああ、いいやそのままで」 「お前なんなんだよ社長かなんかか……っ」 とりあえずストリップ紛いを回避できたことはありがたいがやはり逸の様子がおかしい。 「半端に着せたまんまするのもエロくて好きなんで」 「…………。」 おかしい。 あと一歩逸に近づけず躊躇っていたその距離を、手を捕まれ強引に無いものにされた。 きつく抱きすくめられ、ぶつかるように腹を舐め上げられる。 「っわ…………っ」 腹から胸から鎖骨から濡れた音が立ち上がって、音にも感触にも正気を奪われていくようだ。 体を支えるのが辛くなり、逸の肩に手を置くと上半身をひねられた。 思い切りよくベッドに押し付けられて、天蓋のような逸に見下される。 ライトとストーブの灯りで翳った顔が、ーーやはり怖い。 それでも逸の顔が近づくと瞼が落ちてしまう。 キスは少々激しいがいつも通りでーーその間体に触れる手もいつもと同じように感じる。 それなのに、どうしてこうも緊張してしまうのか。 危うい吊橋でも渡るような、審判を待つような、心もとなくて頼りない、情けないような小刻みな脈が打つ。 髪を撫でられても手を繋がれてもその不安は雪がれなかった。 逸はこれを「ご褒美」だと言ったが正しくは「詫び」なのではないだろうか。 それなら納得がいく気がする……。 「っ…………!」 敬吾がビクリと身を固めた。 耳元には優しく逸の唇が触れているが、乱暴にズボンと下着とが引き下ろされて逸の手が這い入る。 それがまたこれまでになく粗雑でぞんざいで怖気が走った。 「……………敬吾さん?」 「、へ……」 「ーー大丈夫ですか」 声音は心配そうだが、表情は険しいままだ。 怪訝そうというより苛立っているように見えて敬吾は我知らずシーツを握り込んでいた。 「な、なにが……?」 「いや……体、めちゃくちゃ力入ってるから」 「え……」 不安げに顰められた敬吾の目が、寄った眉根はそのままにいくらか見開かれる。 本当に自分では気づいていないらしく、逸はその硬い拳に手を重ねた。 そこでやっと、敬吾も自分の力み様に気付く。 「ーー緊張してます?騎乗位はしなくていいですよ?」 やはり優しい声音に敬吾は更に困惑した。 その声は好きなのだ。 そうして優しく触れられるのは。 事実、今もそうではあるのだがーー 「や……うん、それはわかってるけど……」 「はい」 「……お前やっぱなんか怒ってない?」 「…………………。もう」 「いや言いがかり付けてるわけじゃねーんだって、ほんとに怖いんだよ顔。なんかしたんなら謝るから説明しろ」 「…………………」 険しい表情のまま、逸は困ったように眉を下げた。 そして首すじを擦る。 「んーー……………」 その唸りが何か心当たりのあるように聞こえて敬吾は身構えた。 逸はしばし目を瞑った後、意識して自分を落ち着かせながらゆっくりそれを開く。 「怖がらせたんならすみません、でもほんとに何も怒ってはないですよ。ただ俺……」 やはり思い当たる節があるのかと敬吾はくっと息を詰めた。 逸が二度ゆっくりと瞬く。 「……めちゃくちゃ興奮してるんです」 「は」 「こうやってじっとしてるのももう必死」 「え。っいや、」 「これ以上ストップ掛けられると辛いんですけど……」 「え、え、ちょっ待っ」 言いながらも逸はあちこちに舌を這わせ、敬吾は泡を食う。 意味もなく空を切った手を逸にがっしりと掴まれた。そして。 「もう、こんな」 「ぃっ……」 とん、と指の甲が下着越しに膨張しきったそこに触れる。 考えてみれば布越しであっても触るのは初めてである。作りは自分も同じなのだが、その、何故と問いたくなるほどの熱さと硬さに敬吾はもう恥ずかしいほど赤面する。 逸はさもないようにその手をそのまま繋いでしまってまた愛撫を再開した。 ーー顔が見えなくなると、少々性急かなと思う程度で逸の触れ方はいつもと変わらなかった。 それに少し安心し始めた時、逸が口を開く。 「俺今日、手加減できないかもしれません」 逸の顔を半分だけ照らすストーブの赤い光が、やたらと毒々しく見える。 「ごめんなさい」 泰然とした物言いに、敬吾は呆然とその翳った顔を見上げることしかできなかった。

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