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だいぼうけん! 4

(……………つ) ごく軽く促すように背中を押されて玄関に収まると、背後でドアの閉まる音。当然のように錠のかかる音。 (……つれこまれた……………!!!) 呆然とする敬吾に、不思議そうに逸が声をかける。 間抜けなほど驚いてしまって敬吾は少々赤くなった。 「……………敬吾さんて」 「へっ!?」 逸が笑う。 「意外とうぶですよね」 「はぁ!!?」 「あはは!」 真っ赤になった敬吾を他所に、逸は涙が出るほど笑っていた。 ーーなんでも器用にこなして頭も良くて落ち着いていて、なんにつけそつがない人なのに。 こと色恋沙汰に関しては、こちらの一挙一動に妙に過敏に緊張すると逸は思う。 「もーーかわいい……」 「うるせえぞ」 不服そうな表情がまた可愛らしい。 まだまだ赤いし拗ねてもいるようだから、生意気な子供にも見えて。 「何されんだよって怖がってる感じですか?」 「こわっ……だから、ずっと言ってるだろ男と付き合うのなんか初めてなんだよ」 「恋愛自体が初めてなわけじゃないでしょ?」 「そりゃそうだけど」 だからこそ乖離が激しいのだ。 手を引かれて、背を押されて、有無を言わさず男の部屋に連れ込まれるなど、起こり得ない出来事のはずだった。 それを、逸を傷つけずに言うにはどうしたら良いのか分からなくて敬吾は黙っていた。 察しているのか逸は何も言わずただ敬吾の髪に手を伸ばす。 「敬吾さん、……おれ今日良い子だったでしょ?」 「あ?」 少々寂しげに笑っている逸の顔を見上げて敬吾はその意味を考えていた。 お使いを頼んだことだろうか、それともーーやはりあれだろうかーー 「ああ、うん……助かった」 敬吾の視線が斜め下に落ちる。 確かに助かったが、引け目も感じていた。 逸はきっと隠したいなどとは思っていない、自分が同性愛者であることも早々に公言していた。 それを、事前にきちんと話し合ったわけでもなく、自分の意に添う形に気を使わせたこと。 結局いつもこの男が、敬吾に合わせて体裁を整えるのだ。 申し訳ないとは思うのだがどうしたら報いられるのか、分からなかった。 「ーーでしょ?だから、褒めてもーらおって思って来てもらったんですよ、とりあえずお茶飲みましょー」 「…………え」 「はいはい、入って入って」 敬吾を手招きしながら逸はお湯を沸かし始めた。 ためらいつつ敬吾が靴を脱ぐと、迷う暇もなく座布団を勧められて敬吾は大人しく座るしかなかった。 すぐにコーヒーをふたつ持ってきた逸がやってきて、ストーブに火を入れる。 「……お前んちのストーブレトロだよな」 「反射板ってだけで別にレトロではないすよ」 逸が苦笑しながらストーブに薬缶を乗せた。 「いいですよー反射板、ウインナーとか焼き芋とか焼けるし停電しても使えるし」 「あー停電な、なるほど」 「つーか俺ばあちゃんっ子なんでストーブは反射板以外受け付けないんですよ」 「そんなこだわりあったのかよ」 「気密性高い家だとエアコンしかダメとかありますよねー、もー絶対無理」 やたら熱っぽく語る逸に敬吾が苦笑する。 しかし確かに「反射板」と「ばあちゃん」は相性が良く、合わさると無条件に緊張を解いてしまう語感だ。 そのイメージも、少し煙たい匂いも、この居心地の良さの一因なのかもしれない。 妙に納得しながらコーヒーを飲んで一層まったりしてしまう敬吾を、鑑賞でもするように逸が見つめている。 「敬吾さん」 「え?……ああ」 にこにこしている逸の顔を見返しながら敬吾が考える。 「……………えーっと、……………偉い、良くやった?」 「言葉が悪かったっすね」 苦笑いしながら逸は自分もコーヒーを飲んだ。覚醒作用を期待する。 「ご褒美を下さいと言ってるんです」 意味合いとしてはさほど変わらないのに、妙に剣呑な響きになった。 「……家着く前に言えよ、コンビニケーキぐらいならおごったのに」 「分かって言ってるでしょ」 叱ってでもいるかのような呆れ顔の逸に、敬吾がぐっと息を呑む。 「俺のご褒美になるものなんて敬吾さんだけでしょう?」 「森のくまさんかよお前は」 一緒に踊ることが礼になり得るのかと疑問を抱いた幼い日を、敬吾はしみじみと思い出していた。 「んじゃ何をしろっつーんだ」 「騎乗位です。」 「はあ!!?」 全力で叫んでしまった敬吾の先手を取って、逸はその手を捕まえていた。 敬吾としては、お礼のチュー、だとか、そんなようなものを想像していたのだった。 「きっ、きじょっ……、はあー!!?」 「ちょ、敬吾さん壁ドンされますよ!」 「あ……いやだっておま」 「んもー」 きゅっと眉根を寄せて困った顔を作ると逸は敬吾に顔を寄せた。 物理的に声を封じられて、敬吾のしかめられた顔がぱちぱちと瞬く。 ーーそのまましばし。 いくつか唇を食まれて、本当に落ち着かされてしまう自分がなんだか悔しかった。 「………………っ。」 「俺、あれ言うの結構頑張ったんですよ」 「ぇ……」 「本当は、敬吾さん俺のだからって自慢して回りたいくらいなんです」 「ーーーーー」 「いや、しませんよ?分かってるから。敬吾さんが嫌だと思ってるのは、でも……」 自分の存在を隠したいと思われていて、意に反しながらも自らそれをするのは。 やはり辛かったのか……と敬吾は俯いた。 敬吾とて、逸にばかり犠牲を強いて平気なわけではもちろん無い。 補填できる手段があるならしたいとは思うのだが。 「…………騎乗位か〜〜……」 「…………ですっ」 ふん、と逸は頷いてみせて、譲らないぞと主張した。 敬吾は、頭痛がするような思いがする。 座っている逸の膝に乗せられたことは何度かある。 それだけでもやはり自分が男に跨るなんてと激しくギャップに悶えたものだが、さらに、ーー入れろと。 「……………やだ。」 「ええっ」 「気っ色わるいだろ………」 「悪くないでしょ、めちゃくちゃエロいじゃないですかアレ」 「えろくねえよ………」 「ふふ」 「?」 「敬吾さん、すんごい香水のにおいする……」 「え」 「今ので体温上がっちゃいましたか」 「ーーーーー」 どこか挑戦的に笑いかけられて、敬吾は息を呑んだ。 もしかして、ーー怒っている? 何に、だろうか。 何故か見ていられなくて敬吾が視線を下げると、頬から髪を掻き上げられた。 こめかみに、瞼にとくちづけられる。 ーーーこわい。 「敬吾さん」 「!」 「大丈夫ですか?」 「……え、……うん……」 敬吾の肩があまりに揺れて、視線があまりに頼りない。 ーーそんなに嫌だったのだろうか。 もう一度キスをしてから敬吾を抱き寄せると、逸は譲歩した。 「冗談です。抱かせてくれれば、それで」 ーーその、言い回し。 あんな目をするくせに、くれれば、とは…… 考えると、敬吾は床が揺れているような感覚に陥った。逸の背中を掴んでしまう。 この男が何を考えているのかが分からない。 こんなにも柔らかく下手に出るくせに狩りでもしているような目をする。 言葉は優しく、一貫して敬吾を優先する。だけど有無を言わせないーー。 また床が揺れた、と思ったら、揺れたのは敬吾自身だった。 逸に肩を押されている。 「うわ、ま……待て、」 「すみません、ちょっと……待てない」 「えっ」 ーー珍しい。やはり、怒っているのかーー 敬吾が微弱に抵抗しながら逸の顔を見上げた。 やはりぞっとするような顔をしている。 目は瞳孔が開き切って底光りしているし、いつも機嫌良さそうに上がっている口角も真一文字だ。 考えているうちに、逸の手がシャツをくぐった。 ーー熱い。 「ちょっ、待てって岩井っ」 「待てませんてば」 「いっ!」 肩、そして後頭部と順調に床にぶつけられた。 「いてえよ馬鹿っ、……なに、なんか怒ってんのか!?」 「敬吾さん……」 「聞けっつーの!俺なんかしたか!?」 少々恐いとすら思い、殊勝にも何か気に障ったのなら謝ろうと思っていたのに敬吾は思わず逸の頭を叩いた。 本当に、見境なくなった犬そのものだ。 「いて……、なんですか」 「いてえの俺だしなんですかも俺だ!何怒ってんの?」 「怒ってる?俺がですか?」 「他に誰がいるんだよ……」 みぞおちまで腹をむき出しにされ、そのまま逸に首を傾げられて敬吾は赤くなった。 「怒ってないですよ」 「……じゃあなんだその顔」 「顔?」 「顔。」 「顔………」 そら恐ろしい無表情のまままた逸は首を傾げた。 その仕草と顔のギャップがまた恐ろしい。 「顔……は分かんないですけど、とりあえず怒ってはないですよ。俺今敬吾さんのことしか考えてません」 「や、だからその俺がなんかしたからそんな顔になってんのかなって思ったんだろ」 「何もしてないですよ。強いて言えばちょっと大人しくして下さいよって思ってる程度です」 「おい」 「もう、なんだろすげえムラムラして」 「ちょ……」 ーー食ってしまいたいほどだ。 逸の眉根が、軋んだ音を立てそうなほどきつく寄る。 気難しい癇癪持ちのような、般若のような、熱いような冷たいようなーーもう、やはり怖い。 「ほ………っほらほらその顔っ!怒ってるじゃんか、」 「敬吾さんもうそれ話しそらしたいだけでしょ?怒ってないですから諦めてくださいよ」 平淡に言い伏せられて、敬吾は呆然と逸の無表情を見上げていた。

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