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だいぼうけん! 3

「お前よく寝れるな………重くなかったのか」 「全っ然っ重くないすよ。敬吾さんの癒やしスキルやばいです」 「本気のテンションやめろ」 「本気ですからねぇ」 結局、ふたり揃って二時間眠りこけてしまった。 これから夕飯を作るには少々遅い時間になっておりーーそれでも逸は作りますよと主張したが、残念ながら右腕がすっかり痺れてしまっていた。 そんな経緯で外へと食事を摂りに出ている。 これもまた、初めてのことであった。 結局、選んだのは形ばかりの個室の居酒屋。 小うるさい上に男二人でもそれほど不自然ではない。 だが。 「失礼しまーあれ岩居くんじゃん!」 「…………え」 対応しようとしていた逸は、ぞっとしたような敬吾の顔を視界の端に見た。 「なになにこの辺住んでんのー?はーいこちら烏龍茶と生中でーす」 「や、そーでもないんだけど」 全居酒屋の一体何割を占めているものか分からない膨大な大学生バイトの中のたった一人が、なぜ寄りにも寄って知り合いなのだろう。 敬吾の顔が曇っているのは、その不運のせいなのかこの店員自体のせいなのか。 考えながらも逸はその店員の何とも言えない視線と会釈を受けていた。 …………後者だろうな、とひしひしと思う。 そして待った。 「岩居くんてお姉さんだけじゃなかったっけ?すげー美人の」 面白いほど、お決まりの発言をしてくれる男である。 それに満足して逸は笑顔を向けた。 営業スマイルとも言おうか、明るいけれども少々馬鹿らしく見えるように。 「いや俺従兄弟なんすよ、遊びに出てきたんで、敬吾くんに案内してもらってて」 「あっ、そーなんだー!いや若いイケメン連れてるから何事かと思ったよ!ごゆっくりー!サービスすっからー!」 「あはは、どーもな」 「んじゃすぐフードもお持ちしますんでー!」 「うんー」 薄い薄いプラ障子が閉じられてしばし。 無言でコップを当て、同じようにひとくち飲んだ。 「……………敬吾さん今の人苦手でしょ」 「よく分かったな」 「あんな思っくそ嘘ついてたらそりゃ分かりますよ」 近かったからという理由もあって、この店を選んだのである。 あまり旨くなさそうにビールをまた飲んでから、少々トーンを上げて敬吾は言った。 「お前も嘘ついてくれてどーもな」 「いえいえ」 ある程度は覚悟していたことだった。 自分を受け入れてくれたとは言え、敬吾はきっとこの関係を公にする気はない。 常識で考えれば当然だしそれが敬吾となればなおさらだった。 ほんの少し悲しくはあるのだが、それよりも敬吾の意向を尊重したい気持ちが大きい。 「逆に何もつっこまれなかったらどうしようかと思いましたよ、聞いてくれて助かった」 「たしかにな……あ」 簡単な訪いとともに障子を開け、サラダやら唐揚げやらを運んできたのはまた違う男性店員だった。 それらを受け取りながら逸が言う。 「敬吾さんのお姉さん美人なんですか?」 「え?あー、ああ……顔だけはな……」 「あはは!なんでそんな嫌そうなんすか」 「性格がやべぇから」 「えぇー?」 なかなか見られない敬吾の辟易としたような白旗でも振っているような表情に逸がからからと笑う。 その後広がったのは互いの家族や友人の話でーー酒も徐々に旨くなっていく。 「このごぼう揚げうまいっすねー、なんだろこの衣」 「ちょっと辛いよな」 「一味かな?作れるかなー」 「お前そーゆーのもできんの!?」 「真似事ですけどね!?すんごい重要な謎の隠し味とか使われてたら無理ですけど、まー塩とか醤油とか砂糖とかでなんとかなるんなら……」 「マジかよ。この卵焼きも頑張れ」 「いやいや敬吾さんも手伝って!」 「失礼しまーす!バニラアイスになりまーす!」 「「えっ?」」 まさか本当にサービスがあるとは思っておらず、揃って少々後ろめたい気持ちにはなったが。 益々酒も食事も旨くなり、たらふく食べて身も心も満たされて帰路についた。 「食ったー……ねむい……」 「良い店でしたね」 ちょうど良く1階にあったエレベーターに乗り込むと、機嫌は良さそうだが眠たげな敬吾がパネルの前に立った。 ごく自然にボタンの前に行く右手を逸が背後から掴む。そのまま、敬吾が押そうとしていた階のすぐ上のボタンを押させた。 「ーーーーー」 呆気に取られる敬吾の左手も同じように捕まえてまるで拘束服のように腕を封じると、逸は敬吾の肩に頭を乗せた。 やっと我に返った敬吾が赤くなりながら抗議しようとした頃には自分の部屋の階は過ぎていて、もうエレベーターも止まるところ。 どうにか窘めるような視線だけを背後に注ぐも、余裕たっぷりな笑顔が返ってくるばかりだった。 「………………っ」 「敬吾さん、結構酔ってるでしょ」 その後特に話を展開させるつもりもなくそう言うと、逸は敬吾の手を目立たないよう自分の部屋へと引いていった。

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