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まるくあたたかく 4

「ーー敬吾さん、俺のこと避けてます?」 「…………………」 真っ直ぐに言われて、さすがに敬吾は黙ってしまった。 逸が働くようになって数日、その態度があまりにもーー自分を特別視しているようで。 礼を失するべきではないと思いながらも、冷たくするではないが必要のない接触はしないようにしていた。 そこへ、この問いかけである。 なんとも、駆け引きもなにもない正面突破だ。 「そんなことはないけど……」 「……けど?」 「……………」 「……えーと」 人気のない休憩室で、それでも二人共声を抑えていた。 敬吾はもとより逸も当然、誰かに聞かれていいとは欠片も思っていない。 「引かせちゃいましたかね」 「いやあの……ごめん。気ぃ悪くさせるつもりなはいんだ」 「いやいや、そのへんは全然。敬吾さんが思ってる通りなので」 「ーーーーえ?」 「敬吾さんのこと好きになっちゃいまして」 「ーーーーーー」 「警戒されるのは仕方ないかなと」 ごく平静に言ってのけた逸を、敬吾はただ呆然と見返した。 ーー「好きになっちゃいまして」?「好き」? ぽかんと口を開けている敬吾に、やや落としていた視線を向けて逸は少し笑った。 ーーそういう顔もするのかと。 可愛らしくて、こんなにも望みのない想いを抱えているのに嬉しくて、どうしようもない気持ちになった。 どう話を持っていこうか、何を選ぼうか。 少し自虐的で、けれど期待も孕んだ、痛々しい気持ちだった。 「あー……でもですね、だからって付き合って下さいとか、なんかさせてくださいとか言うつもりはないので安心して下さい」 本心なのか嘘なのか自分でも分からないような言葉を継ぐと、面白いほどに敬吾がびくついた。 その泣きそうな顔がまた、可愛くて可愛くて。 なんという人に出会ってしまったのかと、少し可笑しくもなる。 「それとももしかしてアリですか?男同士」 冗談めかして言ってみると、敬吾は逆に安心したように思い切り表情を険しくした。 「んなわけないだろ……」 「あははっ」 腫れ物扱いするでもなく、間違った気遣いをするでもなく、真っ直ぐに嫌がって敬吾は心底冷たい顔をし、悪者になった。 そういうところも好きだ、もうどうしようもない。 思いながらも逸は嬉しくなってしまった。 自分は本当に被虐愛者にでもなったのだろうか。 「笑うとこか」 「やー、すみません……もうほんと敬吾さん好きですー」 「っ!」 「それは、そのままでもいい?」 「……それはしょうがねーんじゃねーの……俺にどうこうできるもんじゃねえし」 不機嫌そうだが、なぜか今までで一番くだけてくれているようだと逸は思っていた。 それが嬉しく、もっと欲しくなってしまいそうで怖くて、逸は席を立つ。 「ありがとうございます。じゃあ俺、先に戻りますね」 「………うん」 「仕事はちゃんと頑張りますんでよろしくお願いしますー」 「はいはい」 「あはは、冷たい」 「うるせえよもーー……」 (ああ……) 敬吾はげんなりと疲れたような顔をしている。 悔しいと、逸は思った。 触れられないのだろうか、あの人に。 そう思った瞬間に、まっさらな新雪を乱暴に踏み潰すように、当然無理だとも思った。 あんなに真っ直ぐで、厳粛で正当な人だ。 遊びで付き合ってくれたりからかってみたり半端な気持ちで戯れてみるなんて、ましてや本当に向き合ってくれるだなんてーーあるわけがない。 「あーあ……」 カフェオレの缶を捨てながら、その音にも負けるような声で、心に溜まった淀んだ澱を小さく吐き出した。 それから、更に数日後。 逸も一通りの仕事を覚え、敬吾が久しぶりの休みを取った。 とは言え未だ休まれたところで痛手にもならない程度の戦力でしかない逸も、最初のうちの気疲れを労るようその翌日から連休を与えられた。 三日ぶりに見る敬吾はさぞかし輝いているだろうと浮かれていたのだがーー ーー当の敬吾は、ロメロ映画も裸足で逃げ出すような有様であった。 「敬吾さん……?だ、大丈夫ですか……?」 「ん"ー……?んー……。大丈夫、咳とまんねえだけ……っげほ、げっほ……っ」 「うわああもうー、辛そうすげー辛そう……っ!」 「悪いけど……俺伝票整理するからレジよろしく……しゃべると咳でっほごっほ」 学業にバイトにとてんてこ舞いしていたところに、久しぶりに休んだことでどうやら気が緩んだらしかった。 敬吾はこれでもかと風邪を引いていた。 もはや、人手不足だった頃の方が体調が良かったのではと思ってしまう本末転倒な始末である。 「はいっ」 「なんか……あったら呼んで。でも態度わりーと思うからあんま客前には呼ばないで……」 「いや……つーか敬吾さん帰ったほうが良くないですかね、ほんと辛そうで見てらんないです……」 「んん……?」 機嫌悪そうに唸ると、敬吾はがっしりと逸の首に腕を回して顔を近づけた。 「ーーじゃあお前」 地を這うような呼びかけに反し、その禍々しさもなんのその逸は一人赤くなった。 「……店長と二人で店回せる気ぃしてんのか……今日日曜だぞ………」 「う……」 篠崎は、抜けていると言うか何と言うかーー有り体に言えば仕事が出来ない。 そこまで言わずとも、頼りにはならない、全くもって。 「……すいません」 「だろ……」 「いやもうほんと一人で店番も出来ないクソ新人ですみません……っ」 「新人は……仕方な、」 そこで敬吾が思い切り逸を押しやった。 あまりの乱暴さと突然さにショックを受けたものの、敬吾がすぐに咳き込み始めたので合点がいった。 明らかに呼吸よりも咳のほうが多く、徐々に座り込んでいく。 逸はもはや泣きたい気分だった。 「て……てんちょぉーー、俺頑張りますから敬吾さん早退してもらいましょうよぉー……!」 心配する必要はなさそうだが敬吾に聞こえないよう小声で逸が訴えかけると、篠崎も被せるように頷いた。 「うん今さっちゃんに連絡取れたよ、時間繰り上げて今から来てくれるって言ってるから、逸くん敬吾くんのこと送ってってあげてくれる?」 「うわ、はい!良かったーー……」 今度は安堵から泣きそうになった逸が敬吾を促す。 そのことを敬吾は覚えていなかった。 電車で帰るのは無理そうだとタクシーを呼んだ逸にもしっかりと住所を伝えたのだが、そのことも全く覚えていなかった。 気付いた時には、見知らぬベッドの上で横になっていたーーーー。

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