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まるくあたたかく 3

ーーー 「おはようございますーー」 「敬吾くんおはよう、こちら明日から働いてくれる岩井逸くん!」 「え?」 「逸くん、こちらは岩居敬吾くんね、なんでも知ってるからいろいろ教えてもらってー」 「はい!岩井です、よろしくお願いします!」 「あ、よろしくお願いします……店長、いつの間に」 「いやねー、もーあっちこっち伝手頼ってさー。もうこれ以上敬吾くん働かしたらほんと死ぬんじゃないかと思って」 「ほんとですよ……助かった……」 ーー逸が敬吾のバイト先に来たのは約一年前のことだった。 何か呪いでもかかっているのだろうかと真剣に話し合ってしまうほどの人手不足、人脈だけが取り柄の店長、篠崎の尽力も虚しく人員は増えないまま繁忙期を迎えてしまいそうなところに、逸はやって来た。 何かと頼られ、仕事も割り振られやすい敬吾にとっては救いの御手と言えた。 「逸くん学生時代からバイト色々やってるんだよー、レジとかも大丈夫そうだけど、分かんないことあったら敬吾くんに教えてもらってね」 人員が増えたとてこの扱いではあるのだが。 その後、一頻り他愛ない会話をし、改めて挨拶をしてから逸は帰って行った。 「第一印象良い子でしょーー」 「そうですねー、爽やかイケメン」 「明るいしね。接客業もやってたことあるみたいだし、一通り仕事覚えてもらったら最初敬吾くん休んで。ほんとごめんねーシフトきっつきつで……」 「いやもーほんとですよ……、このまま先行発注分荷物来ちゃったらどーしよーかと思ってました」 「ほんとだよねー」 呑気に笑っている篠崎に、敬吾も苦笑してしまう。 なんというかまあ、憎めない人物である。 翌日から出勤してきた逸は、期待に添う形で十人並み以上の働きを見せた。 ごく当然に新人らしく真面目に、教わったことは覚えて進んで仕事をしてーーと振る舞っただけなのだが、心底人手が欲しかった面々にはそれがまたやたらと輝いて見えるのだった。 「敬吾さんすみません、これって」 「んっ?」 「えっ?」 「……いやなんでもない、何?」 「えーっと、レジがこうなっちゃった時なんですけど」 「ああ、ここ。一回戻してから」 「あー!そうだった!ありがとうございます」 コントのように額を叩く逸を見て敬吾は少し笑った。 この男もまた、憎めない人種だ。 幸も篠崎も自分のことを名前で呼ぶが、初日からそうした人間は余りおらず敬吾は少し驚いた。 どちらかと言えば怖いだの冷たそうだのと思われて最初は遠巻きにされることが多く、無愛想は自覚しているからそれも当然だろうと思っていたのだ。 「他に何か不安なとこは?」 「えーっといっぱいあるはずなんですけど、何と言われると」 「じゃ俺適当に商品持ってくるから、それ打ってみるか」 「わーありがとうございます!今までPOSレジしかやったことなくて……手打ちレジダメダメですね俺、すみません」 「いや最初は皆そうだって、この店部門分けもやたら多いから仕方ないよ」 逸は恐縮しきりだが、敬吾は本心そう思って言っていたし、逸のことを出来ないとも思っていなかった。 質問も敬吾の説明不足をきちんと補完する形であるし、実際練習に付き合ってやるとそう思う。 付き添ってやりながらではあるが客に対峙しても問題なさそうだった。 これは早いうちに負担が減りそうだーーと思うと、指導しながらも自然と気の抜けた笑みが零れる。 「覚え早いじゃん、えらい」 「ーーーーーーー」 逸が何も言わないので手を止めて見上げてみると、逸は呆然としたように敬吾を見つめていた。 「?なに?」 「ぁ……いや、敬吾さん笑うとかわいいっすねえ……」 「あぁ……?」 「いやっすみません!クールな人なんだと思ってたからつい」 「いやクールでも可愛くもないけど。」 「敬吾くんはかわいいよ?」 「店長どこにいたんですか」 本当にどこにいたのか、篠崎が棚の影から顔を出した。 「逸くんほんとそれだよ、クーデレって言うの?敬吾くんはかわいい子だよー、さっちゃんも言ってるし」 「……うちの店は大丈夫なんですかねー」 「さっちゃん?」 「うん、午後から来るもう一人のスタッフ。さっちゃんもかわいいよー、逸くん好きになっちゃダメだよー」 「あ、自分ゲイなので大丈夫すよ」 「「えっ!?」」 「うそ、ほんとに!?」 篠崎がすかさず聞き返す。 敬吾は言葉を失いながら、天然は得だなと思っていた。 「ほんとですよー」 「えぇー、びっくりした。言っちゃうもんなんだねぇ」 「俺は言っちゃいますね、隠してたほうがややこしくなったりするんで」 「へー、あー逸くん女の子にももてそうだもんなー」 「いやいや、はは」 二人の会話をぼんやりと聞きながら敬吾は、そうなるとさっきの「可愛い」はどういう意味なのだと考えていた。 同性愛に嫌悪も偏見も特にはないがーー、自分が巻き込まれるとなれば別である。 ーーまあ、深くは考えないようにしよう。 そうは思ったものの。 翌日からの逸の態度は、その懸念を裏打ちするに十分すぎるものだった。

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