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来し方 3

『俺もう無理ですーーーーー……!』 「お、おう……」 岩居家の廊下で。 壁にもたれたまま、敬吾は逸の悲痛な嘆きを聞いていた。 『もぉ、なんかもぉ禁断症状みたいなの出ちゃって』 「んー」 『昨夜とかすごいえろい夢見ちゃって、』 「あ?」 『もうなんか凄くて敬吾さん騎乗位でガンガンこしふってアンアンゆってて』 「っだーーーーうるせえっ音外に漏れるだろうがっ黙れっ!」 何故人の夢で赤面せねばならないのだと敬吾は空いた手でぺたりと顔を覆う。 『もう、もーどーしたらいいんですか俺ぇ』 「いや俺だって帰りてーんだよ、」 帰宅が延びれば延びるだけ、状況は悪くなってしまうーー主に逸の欲求不満事情に関してだが。 十中八九こうなるだろうと分かっていて、それでも敬吾が葬式後三日も帰れなかったのには当然訳がある。 至極不本意な訳ではあるが。 『……けーごさん帰ってきたら……いっぱいちゅーしていーですか……』 「はは、いーよ」 『えっちもいっぱい……』 「いっぱいはちょっと」 『お風呂いっしょに……』 「それはヤダ」 敬吾はのどかに笑っていた。 いかんせん、頭の中には逸の顔ではなく寂しくて拗ねてクンクン鳴いている子犬が浮かんでしまっている。 それ故、右手に迫る人影に気づいていなかった。 「彼女ぉ………?」 「うぉお!!!!?」 『!!?敬っーーーー』 反射的に通話を切り、敬吾はロザリオよろしく端末を胸に握りしめた。 「っび、びびった……………」 「いーわねーー楽しそうで……………」 どんよりと姉の桜に呟かれ、やっと落ち着きを取り戻して敬吾は携帯の電源を落とす。 「いつからいたんだよ……」 「はは、いーよキリッ!のあたりから」 「あーそう……河野さんは?」 その名前を出した途端。 五歳児もかくやという勢いで桜は頬を膨らまし、ぷいっと顔を背けた。 そしてそのままさっさと歩いていく。 「オイオイ」 敬吾の全身全霊の引き留めも虚しく、桜は階段を上がって行った。 それを見送ると、特大のため息をつく。 そして、あれをなんとかしない限り帰れないのだとーー ーー敬吾は泣きたい気持ちになった。

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