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来し方 4

敬吾がリビングに入ると、両親はのんきにオセロをしていた。 そしてその傍らに桜の婚約者である河野が、恰幅の良い体を肩身狭そうに縮めてちんまりと座っている。 「あれ、河野さん」 「敬吾くん。お邪魔してます」 「いえいえ……つーか、なにこれ……河野さん暇だろ」 盤から目を離さないままに、対戦中の二人が交互に口を開いた。 「桜、どうだ?」 「敬吾が帰ってくると甘えん坊になっちゃってもーダメよねー、手ぇつけらんない」 「なら俺がいなくなれば元に戻るってことだろ」 「そういうことじゃないよ」 「お願いだから落ち着かせてから帰って」 「……………」 敬吾が疲れ切ったため息をつく。 どうも話が通じない両親を諦め、河野の正面へと腰を下ろした。 「今度は何にへそ曲げてんですか?あれ」 「いや全然心当たりがないんだよね……マリッジブルーかなあと思うんだけど」 「そんな繊細なもんになるタマでもないのにね」 苦々しくもどこか幸せそうに笑う河野に、敬吾は心底疑問に思う。 このよくよく人の良い森のくまさんのような男性、よくあの姉に耐えているものだ。 この表情を見ていると耐えているどころの話ではなさそうなのがまた奇天烈。 と思ったところで、なぜか逸の顔がふと目の裏に過った。 ーーあの男も、よく耐えている。 姉とは方向性が違うとはいえ自分も曲者のはずだし手も足もよく出る。 ……帰ったら、そしてあちらが一段落して、まだこの気持ちが残っていたら少しは労ってやろう。 そう思う。 「にしてもほんとにマリッジブルーだったら、それこそ治しようもないんじゃないですかねー、姉貴じゃなくたって厄介なやつじゃないですか」 「だよね。ほんっとダメだなー俺、敬吾くんごめんね、ほんとは忙しいだろう」 ああ、分かってくれるのはこの人だけだ。 未来の兄の気遣いにほろりと表情を崩して敬吾はそれを受けた。 「いや、ちょうど課題も一段落したとこだったんで。それにやっぱ実家楽ですね」 でしょう!と母がやはり盤を見たまま言うものの、考えてみれば最近食事は大体逸が作ってくれている。 ーーさほど変わりはないかもしれない……。 「あ!そういえばお姉ちゃんご飯食べてない」 「え」 「敬吾持ってってー」 「えぇ……………」 両親は、勇者を見る目で敬吾を見つめていた。

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