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来し方 11

「え!逸くんお酒ダメなの?」 「そうなんです、酒癖悪くて。おとなしくお茶飲んどきます」 そうだった、と敬吾は思った。 ただでさえ内心どう思っているかと危惧しているのに、加えてひとりだけ素面かーー。 当たり障りない逸の笑顔が妙に恐ろしくて冷や冷やしている。 貰い物のワインの他に買い込んできたビールやチューハイ、つまみのたぐいを袋から出しながら敬吾は無言だった。 「ワイングラスなんかないですけど……」 「いいよぉ普通のコップで。つーか逸くんなんか手慣れてるね」 篠崎の言葉に敬吾が一人固まる。 「ああほら前に敬吾さんが風邪でダウンしたじゃないですか。あの時何回か来たんですよ」 「そういえばそんなことあったねー」 逸のなめらかな嘘と呑気な篠崎の声がやたらちくちくと聞こえる。 篠崎のことだから本当に信じているだろうが、他の誰だったとしても騙しおおせるであろうその空言の見事さが、有り難くもあるがとても怖い。 もしかしたらとうっすら思っていたものがここに来て確信に変わった。 逸はああ見えて意外と腹に一物含んでいるしただ善良なだけの男ではないーー それは、こうして好青年の仮面を完璧に被っている時こそそうだ。 篠崎とともにキッチンからリビングに来た逸と目が合い、にこりと笑いかけられて敬吾の顔は引きつった。 敬吾がもたついているうち、狭いテーブルの上でつまみはコンパクトにまとめ、最初の一杯を注いでくれた幸に小さく礼を言いながら敬吾は思う。 飲まずにやっていられるか、と。 「ーーうお、うまいっすねこれ………」 「でしょでしょ、そんな高いもんじゃないらしいんだけどさー、なんか佐藤さん界隈で話題なんだって」 「ほんとだおいしいー」 口々に感想を言い合う面々を冷めた気持ちで眺めながら、逸は妙にぱさつく舌触りのチーズをかじっていた。 何をしているのだろう、自分は。 本当ならば今頃はーーー (敬吾さんとふたりきりのはずだったのにな……) 自分の右手に座っている敬吾の横顔をちらりと眺め、ワインを気に入った様子の表情を見て何やら気分が淀んだ。 (……楽しいんだ) 自らも一緒になって酒が飲めるわけでもなく、逸は今度はナッツをつまむ。 「逸くん、ちょっとくらい飲まない?つまんないでしょー」 「え、あ?すみません、楽しいですよ」 「そう?軽いワインだよー」 気を使ったか篠崎が瓶を向けてみるも、逸は申し訳なさそうに笑う。 敬吾にはそれが妙に悲しげに見えた。 「やー、ほんとタチ悪いらしいんですよ俺」 「そんなに?何するの」 「超暴れる………らしいです」 「覚えてないんだ!?」 「もー全っ然」 「そりゃタチ悪いかもなあ。でも敬吾くんいるし大丈夫じゃない?」 「うぇぅ!!!?」 急に水を向けられ、敬吾がむせる。 それを横目にこともなげに幸が言った。 「敬吾さんじゃ無理ですよ」 「そーすね、無理です」 幸に輪をかけてごく当然のように逸に続けられ、敬吾は空気と一緒に咳を飲み込んでしまった。 (どういう意味なんだよ…………) 「ダメかー。逸くんて身長どれくらいあるの」 「183……?くらい?ですかねー」 「くらいって」 「まだ伸びてるっぽいです」 「うそぉ!!?」 「高校んとき買った靴が最近入んなくなってて」 「うわー」 逸は当たり障りなく会話を続け、過不足なく場を盛り上げるなどして笑顔も絶やさなかった。 それがやはり、恐ろしいわ申し訳ないわで敬吾はやや酒に逃げ気味である。 そして、普段飲みつけないワインは回るのが早かった。

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