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行く末 5
「……敬吾さん、お願いだから、もー……やめてくださいー……」
何度、この懇願を無視されていることか。
逸は両手でぺたりと口を覆い、敬吾の顔を見下ろしていた。
一度目まで覆ってみたがーー危機感が薄れてしまって剣呑で、結局こうして焼き付きそうな気持ちで敬吾の咥内に翻弄されている。
前ほどがちがちに凝り固まってはいないが、それでも巧みとは言えないその愛撫が、真綿で首を絞めるように逸を追い詰めた。
激しく追い立てられるならその熱と勢いに負けるということもあるだろうが、こうも甘く細く施されると瀬戸際のところで耐えてしまってそうもいかない。
「敬吾さん……、ほんともうダメ出したい、すみません」
実力行使に出ようと、逸が敬吾の頭に手を添える。
促されてはくれない頭を引き剥がそうとやや力を込めると、敬吾が不機嫌そうに眉根を寄せて頭を押し戻した。
「ーーーー!ちょっ!敬吾さん!!」
「ん……」
「っ、もう、知りませんからね?俺言いましたからね……!!」
「んー……」
泣き出しそうなほどに顔を歪めて敬吾を見下ろし、押しやろうとしていた手から力を抜いて逸は敬吾の髪を撫でた。
意地になっていたような敬吾の表情が和らぎ、その直後に口の中で逸が大きく痙攣した。
生ぬるい粘液が跳ねる。
逸は目を細め苦々しい表情でまだ敬吾を見つめていた。久方ぶりで、かつ衝撃に満ちた快感が怒涛のようでまだ呆然としている。
そうしているうち、敬吾がゆっくりと逸のそれから口を離す。
逸もぼんやりと我に返り始めていた。
「ーーっあ……すみません、敬吾さん、出して……」
逸がティッシュに手を伸ばすと敬吾がふっと噴き出す。
「?」
「あっは……あはは!お前っ……多い!めちゃめちゃ多い!!ウケる」
「いやそりゃ多……え?どこ、飲んだ!!?」
「あっはっゲホッ、ごっほあはははは」
「なに笑ってんすか飲んだの!?なにしてんのうがいしてきて!!」
「いーよ別に……」
「声おかしいんですって、変な飲み方したでしょー……もう……なにしてんですかー……」
「……………」
逸があわあわと口元を拭ってやると、敬吾はその困った顔をあどけない子供のような瞳で見やる。
困ったどころか呆れたようにティッシュを丸めて捨てている逸をやはり追い掛けるように眺め、咳払いをひとつ。
「……なんだ、嬉しくはないんだ?」
「……………!?」
逸が機敏に振り返る。
未だ掠れた声で小さく呟いた敬吾はなぜか少し肩を縮めていてーー何か小さな失敗を惜しんでいる、大人びた子供のようだった。
「…………え、え……!!?」
興を削がれたようにふっと息を逃がして敬吾がベッドに腰掛ける。
なにか言うよりも考えるよりも先に、逸はその肩を強く抱きしめていた。
「よ、っ喜ばせようとしてくれてたんですかっーー」
「…………」
「うわぁ何それぇ……!!!嬉しいですよ!すげーー嬉しいですよ!」
「………………。」
首筋にぐしぐしと逸の髪と顔とが擦り付けられ、その摩擦で赤くなったかのように敬吾は赤面する。
やがて逸の腕が解けて、まだ後ろから回しかけられている左手に右を向かされる。
そこには逸の顔があった。
小さく唇が触れ、それが徐々に深くなっていく。
逸の舌先が割り込んでくると、敬吾が僅かに顔を引いた。
「く、口ん中お前のの味まだするけど………」
「えっろいなあもう……」
くすくすと笑ってから、逸は構うことなく敬吾に口を開かせて食い合うように唇を重ねる。
その混沌に敬吾は赤い顔をしかめるが、逸は歓喜のあまり己のものの味など感じなかった。
と言うか、敬吾が口に含んだからこそそれは成り立つわけでーーそれなら、嫌悪感どころか愛しい気すらする。
丹念に舌を絡ませ咥内を嬲って、逸はゆっくりと顔を離した。
「……敬吾さん」
「ん」
「長丁場に……なりそうなんですけど……」
照れたように微苦笑しながら逸が言うと、敬吾は赤らんだ顔を少し俯ける。
「……………うん」
逸の背中が総毛立った。
堪えきれずに、凶悪な笑みが零れた。
「腹ごしらえとか、します?」
敬吾がニットの裾を掴む。
「……………いい」
それを聞くなり立ち上がると、逸は敬吾の膝の下に手を入れ僅かに持ち上げて、そのままベッドのど真ん中に放り込んだ。
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