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行く末 6
「ーーーーお、うおぉ…………」
常々力では勝てないと思ってはいたが、まさかこうも軽く浮かされるとは思っていなかった。
色気もへったくれもないような間の抜けた顔で、敬吾は自分に覆いかぶさる逸の顔を凝視していた。
「?なにかーー」
「いや……若干傷ついただけだ……」
「あぁっ!?ごめんなさい!」
「や、そうじゃなくて……なんでもない……。」
「??」
結局口を噤んでしまう敬吾に困ったようにふにゃりと笑って、逸は追及を放棄する。
ゆっくり唇を合わせられると、ややしかめられていた敬吾の眉間がほどけた。
その優しい感触に、どうにも腕を回したくなる。
敬吾の髪を撫で、その腕を腰に回されて、唇を合わせながらも逸が微笑んだ。
ゆっくり顔を上げてもまだ頬を緩ませたまま敬吾を見つめている。
いつまでもそうしていたい気もするがーー
逸は半身を起こしてパーカーを脱ぐ。
続いてシャツも脱ぎ半裸を晒してベッドの下に放ると、敬吾がやや視線をそらした。
(……かわいい………)
逸の指先が、訪いをたてるように敬吾のニットの裾をくぐる。敬吾がひくりと身じろぎした。
手の平が脇腹に触れ、ゆっくりと胸元まで撫で上げられてニットも同じく捲り上げられていく。
敬吾の顔が悲しいような切ないようなかたちに歪む。
それが照れから来るもので、きっと他の誰も見たことのない表情だと知っていることが逸を有頂天にさせた。
「敬吾さん……可愛い、」
「……………」
「はい、ばんざいして」
左腕を噛ませて背中を浮かせると、敬吾がおずおずと腕を上げたので優しくニットを抜いてやる。
改めて見下ろすとどうにも目尻が重力に負けてしまう。
「……………敬吾さんだ」
「は……?」
「ふふ、敬吾さんだー……」
頂礼のように頭を垂れ、逸は訝しげなままの敬吾の腹に唇をつけた。
敬吾が小さく息を詰める。
いやらしさなど何もないような優しさなのに、幾度もそうされるとぞくぞくと体が粟立つ。
自分の拳の中に小さな声を零しながら、前からこんなにも過敏だったろうかと敬吾は考えていた。
逸の手が腰を撫でる。
唇が落とされる。
小さく名前を呼ばれる。
それだけなのにーー
ーーなぜ声が出る。
ふと、視界が暗くなる。
逸が起き上がり、その影が敬吾の上に落ちていた。
数分のうちに逸の表情はかなり獣じみてしまっていたが、敬吾を見るとやはり切なそうに笑う。
「敬吾さん………、可愛いー……」
「や、っーー」
逸の指の背が胸の先端を掠める。
「っああもう、かわいい」
逸がそこに顔を埋め、含んで吸い上げながら敬吾のベルトに手をかける。
少々乱暴に下着ごと引きずり落とすと、腰が合わせられた。
その感触と圧迫感とにまた敬吾が声を漏らす。
「ッぁー……逸、ちょ、っと待…………あっ、」
「敬吾さん…………今日感度めちゃめちゃ良くないですか………」
「!」
やはり、そうなのか。
赤くなった敬吾が見開いた視線を逸の方へ下げると、逸は瞳をぎらつかせて笑っていた。
「久しぶりだからかな、嬉しー……」
「んんっーーー」
「あはは、やばい……ぞくぞくする」
確かめるようにさわりと腹を撫でられて、敬吾は泣き出しそうに顔を歪める。
「っばか!」
「敬吾さんも、したいと思ってくれてたーー?」
「……………っ」
嬉しげに、だが切なげに問いかけられて敬吾はぐっと息を飲んだ。
分からない。
分からないが、こうも具に反応してしまってはーーー
ふっと噴き出すように逸が笑う。
顔に出てしまっていたらしい。
「言わなくてもいいですよ、これ見てたらもう」
「んぅっ!」
「ああもう可愛いーーーー!」
「……………っ!」
まるで子供にするようにわしわしと頭を撫でられ、敬吾が不服げに逸を見やる。
その視線を受けて笑い、逸が唇を落とした。それが、子供相手にはふさわしくない深さになって行く。
敬吾は、とろとろと意識が溶けていくように感じていた。
「ぁ、」
その緩みきった正気が、逸の指でぴくりと刺激される。
ほんの僅かに浮上した意識が、指が入り込んでいたどころかいつの間にやらジーンズをほとんど脱がされていたことに心底ぎょっとした。
「うおぉ……」
「すみません、余裕なくて」
「い、いや……」
逸がその言葉通り切羽詰まった顔をする。
きつく眉根を寄せて妙に渋い表情だが、肩も胸も大きく膨らむほど呼吸が激しい。
こんな度外れた昂りを向けられているのになんという鈍感ぶりかと敬吾は少々恥じ入ってすらいた。
気付く間もなく縊られることすらありえる、と言えるほどの平和ボケっぷりである。
ーーが。
もう、どうしようもない。
仕方がないのだ。
この男に触れられてしまえば。
「、っあ……」
やはり気は抜けているのに胸の奥深くが強く脈打つ。
性急に中を掻き乱され、膝を抱き込まれ内腿に口づけられて、敬吾はまた意識を手放し始めた。
催眠術にでもかかっているような気分だ。
どうも現からは離れてしまっている気がする。
だが、ふと逸の方を見ればそれはもう、悲痛なほど興奮し切ったぎらつきをどうにか抑え込もうと必死な顔。
敬吾の感じているしっとりとした快感とはずいぶんとかけ離れた有様だった。
否が応にも現実を感じずにはいられない。
「ーー岩井」
「っはい、」
「も、いーよ……」
「…………?」
「おっまえ……顔、見てらんねえよ」
くつくつと笑いながら、掠れた声で敬吾が言う。
「顔……?」
「顔。悲痛だ」
「ひつう……?」
「ん」
苦笑しながら敬吾が逸の頬を撫でた。
ぎりぎりと自分を締め上げていた理性が慰められるようで、逸はその手のひらに顔を擦り寄せる。
こんな時でもまるで犬だ。
「入れていーよ」
「………!」
「早く、恥ずかしい」
「ーーーーーー、」
少々情けない状態ではあるのだがそれを自覚する余裕もなく、逸は素直に敬吾の言葉に甘える。
言葉もなく先端を押し当てて様子を伺うように僅かに押し入れると、腰がざわりと痺れる。
それは、敬吾も同様だった。
思わず薄く自分の手の甲を噛む。
「ちょっと、きつそう……ですけど、」
「いいって……大丈夫、だから」
「ん、は……い、」
「っんーーーー、」
やはり、少々無理があったようだ。
ひどく悲しげに見えるほど顰められた敬吾の表情を見、一旦腰を止めて逸は敬吾にくちづけた。
むしゃぶりつくように激しいそれに驚きながらも敬吾も唇を開く。
しばらくそうして舐め合い、指も絡ませるともう自らの境界がどこにあるのか曖昧になってきた。
逸がゆるゆると腰を進めても、先のような圧迫感や危うさはない。ただ一層深く絡み合っていくようで、互いが吸い付くようでーー
「んぁ……っ!」
ーーそれでも、奥を突かれるとその存在は重かった。
溢れ出る衝撃と快感に敬吾が顔を歪めると、逸が唇の端を噛んで笑う。
「……………入った、」
「ん………」
しばしそのまま、大して動きもせずに、長いこと激しく唇だけを交わしていた。
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