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悪魔の証明 18

「……敬吾さーん?」 「んー」 (あ、いた) 返ってきた返事に笑みをこぼしつつリビングに入ると、敬吾はベッドに横になっていた。 「えっ………!!!」 「いやいや、昼寝してただけだから。」 もそもそと起き上がる敬吾を見ながら逸はほっと息をつく。 いくらなんでも昨夜は羽目を外し過ぎたかと本当に心配してしまった。 「お前のベッド寝心地いいよなあ、良いやつ?」 「いえ?ふつーの安物を底値で買いましたけども」 「ふーん、そっか……」 のんびりとあくびをする敬吾の横に腰掛けつつ、逸はその頭を撫でて顔を寄せる。 敬吾が猫のように目を細めた。 「……あの人来てましたよ。後藤さん」 至近距離で眺めていた敬吾の睫毛がひくりと揺れ、逸はいかにも意地悪げに微笑んだ。 「謝りに来たんですって。」 「……………。へえー……」 そらっとぼけたような声を返す敬吾に笑ってしまい、逸がその頭を抱く。 「怒らないんですか?」 「は、俺が?なんで?」 「だってバレちゃいましたよ、俺ただの後輩じゃないの」 「え?ああ……だって俺昨日言ったぞそれ」 「えっ?」 逸ががばりと敬吾から離れる。 敬吾はさもなさそうな顔をしていた。 「……………。……………言ったの?」 「言ったの」 「………………」 敬吾はやはり雀でも眺めるような呑気な顔をしているが、逸は呆然としてぐるぐる考えていた。 嬉しい。 しかし、後藤は後輩だと聞いていると言っていた。 それに、自分がいると知っていてーー、 「つーか」 「!」 逸がはたとまばたきする。 どこぞへ飛んでいっていた目の焦点も帰ってきた。 それを敬吾に合わせると、なにやら勘ぐっているような顔をしていた。 「?」 「……お前、後藤に喧嘩売ったりしてないだろうな」 「喧嘩……?」 逸が今朝のことを思い返しているうち、敬吾はそれを看守のように睨め付ける。 「………売ったような、売ってないような?」 「っあーー……、やめろよもうー!」 「えっなんすか?」 敬吾が舞台役者のように倒れ込んだ。 そしてまたきっと逸の方を振り返る。 「今度どっかで顔合わせても絶対刺激すんなよ!入院とかほんとめんどくせぇからな!!」 「なんですかその当然俺が畳まれるみたいな」 「畳まれっから。もーべっこべこにされっから!!」 「いや、つーかね!挑発してきたのあっちっすよけーごけーご言いやがってーー」 「別にそれ昔からそう呼んで……」 「敬吾さん!」 「え、」 癇癪を起こした子供のようだった逸の顔が、さらに気難しげに顰められた。 ぱちぱちと瞬いている敬吾の顔をむぎゅっとばかりに持ち上げ視線を合わせると、逸は努めて子供のような声を用意した。 「あっちの味方しないで。」 「ーーーーーー」 しばし変わらず瞬きを繰り返した後、あまりに真剣な逸の顔が滑稽で敬吾が破顔する。 「子供かよ!味方ってお前……………!」 「やなんですー。」 「はいはい分かった分かった……う、」 あさっての方向に背けられて爆笑していた敬吾の顔を、まだ不満げな顔のまま逸が向き直させて唇を塞ぐ。 これもまた子供が食べ遊びでもするように唇を食んで、逸はむっつりと顔を離した。 敬吾の顔が少々赤らんでいたので内心機嫌は直ったが、気取られないよう忍ばせておく。 「……それはともかく。本当に暴力沙汰とかやめろよ」 「……………ぼこぼこにされるから?」 「そもそも構図が気持ち悪すぎる」 言葉にすれば、自分を巡って男二人が争っている、ということになってしまう。 鳥肌ものだ。勘弁願いたい。 「…………………もしまた敬吾さんにちょっかい出すようなことがあれば」 「……………」 「……保証はできません」 「ーーーーーー」 子供のふりをやめトーンの落とされた逸の声に、敬吾は苦しげに眉根を寄せた。 全く毛色は違うのに朝に聞いてしまったあの声を思い出してしまう。 空気を含んだ花束でも扱うように緩やかに、逸が敬吾を抱き寄せる。 「ーー何もないってば。いい年こいてケンカなんかすんな」 どうにかそう絞り出して敬吾が逸の頭を撫でた。 ーーやはり自分は、こうして窘められるのに弱い、と逸は考えていた。 どう足掻いても勝てそうにない、頭の上がらない、君主のような恩人のようなーー 少しだけ情けない気持ちにはなるのだが、そんなもの、抱くこと自体が無駄だ。 そういう気取らない厳粛さもまた、好きで仕方がないのだから。 「………………努力します」 「ったく」 しかし口に出たのは少々捻くれた言葉で、敬吾もまた呆れたように軽く頭を叩いただけだった。 どちらからともなく笑ってしまって、しばらくはただそうしていた。

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