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褒めて伸ばして 38

ふわりと平和に目が覚める。 その一瞬の穏やかな目覚めは、想定を遥かに上回る光量によって地獄のような焦燥に変わった。 一瞬で、大遅刻だと確信する。 「なんっでアラームーーーーー」 鳴らないんだ!と携帯を探すもそれより先に、ベッドの上には不釣り合いな乾いて冷たい紙に手が触れた。 必要かどうかなど知らないが携帯を隠すように置かれていた紙である、何用だとばかりに睨みつける。 「ーーーーーーー」 ーーおはようございます。 今日、俺と敬吾さんのシフト交換してもらったのでゆっくり休んで下さいね。 エクステは俺が帰ってから取ります。 けど邪魔だったら洗面所にリムーバーがあります。 「………………………………」 ーー安心して良いのか、暫しの間混乱しながら動悸が落ち着くまで敬吾はその紙を眺めていた。 (大丈夫、だよな……?) 何度もメモを読み返し、どうやら今日は休みになったらしい、落ち着けと自分に言い聞かせる。 「あっぶねえ、びびったー……………」 そうして髪を掻き上げると、後頭部が強く引き攣れた。驚いたような声を上げて、その正体を思い出す。 そもそもメモにも書いてあることだった。 「あぁ…………」 ーーどうするか。 どうやら剥離剤が必要なようだが、この半端な長さの地毛を除けて作業するとなると自分一人では上手く行くまい。 逸を待つことに決めて、敬吾は鬱陶しい髪の毛を台所用の輪ゴムでくくった。 ーーそれにしても。 (体おもてぇ…………) 軽い二日酔いのように頭もぼんやりしている。 ーーあの馬鹿。 じりりと背中を焼かれるような気持ちで思い出してしまう。 よくもまああんなにも嬉々としてこんな体にがっつけるものだ。 胸中に悪態を吐き吐きがぶがぶ水を飲んで、敬吾はシャワーを浴びることにした。 「ただいまですーーー」 「おう」 帰ってくるなり逸は敬吾に抱きついた。 「悪かったな、シフト」 そう謝意は述べるものの敬吾の表情はこの上なく呆れきっている。 「いいえー、もーフル充電なんで」 「そりゃ良かったな。」 棒読みも甚だしい敬吾の口調に、にやけきっていた逸の口元がやや下がる。 ぐっと肩を抱き直されて、敬吾が少し赤らんだ。 「……俺こそほんと、すみません……あんながっついちゃって」 「い、いいってもう」 あまり思い出させないで欲しい。 肩で藻掻くが、逸は離す気がないようだった。 「ーーほんとはもっと、優しくしたいんですけど。全然余裕無くて俺……考えてみたら、あれじゃ敬吾さんは疲れますよね」 「う、いや…………」 少しくらい否定してやりたいが気恥ずかしく、敬吾が口籠る。 どうやら自分が勝手に消耗している部分も無きにしも非ず、とはどうも言いづらくてーーー 困って開きかねている唇が愛おしくて逸は笑った。 それをそっとこちらに向かせて口づけると、顰められていた敬吾の表情がほどける。 また妙な気を起こしてしまう前にと唇を離すと逸が苦笑した。 「敬吾さん、そんな顔しちゃうから俺襲いたくなるんですよ?」 「!!!」 「いいですけどね、可愛いから」 敬吾の頭を柔らかく撫でる逸は長閑に笑っているが、敬吾は恥じ入って真っ赤である。 ーーやはり、最近少し自分はおかしいのではないか? なにやら焦りを感じて俯く敬吾をよそに、逸は乱暴に結ばれた敬吾の髪を手に取った。 「これ、どうします?先飯にしますか?」 「取ってくれ……邪魔ー」 「あはは」 生の輪ゴムは痛みなくして取れそうにないのでそのままに、逸が髪の毛を一束ずつ取り外していく。 (……それにしても) 「………………」 (……ほんっと似合ってたな………………) 「おい」 「ぅえっ?」 「なんか良からぬこと考えてるだろ今」 「えっ…………」 良からぬことではないが疚しくはある。 なぜばれたのだろうか……と逸は固い笑顔を浮かべた。 「いやいや、良からぬことでは決して………昨日の敬吾さん可愛かったなあって思ってたんです」 「ほんっと目ん玉イカれてんな」 「えぇー」 何故あれを、敬吾自らが理解できないのだろう。 それこそ理解に苦しむ、と思いながら逸は昨夜のことを思い返していた。 そして、敬吾はどこまで覚えていてどう思っているのかーーと。 「だーからおかしなこと考えんなっつーの!」 「えぇなんで分かっ……ていうか考えるのは自由にさせて下さいよ!」 「目つきがやべえんだよ!怖い!」 「そりゃあ……思い出しただけでももうね……」 その先は言うまい。 敬吾もそれを察したか追及しなかった。 そのごく当然のような呆れ顔が、逸にはどうにも不思議でもある。 「………敬吾さん」 「んー」 「あんまり怒ってない、ですよね?」 「んん?……怒るってなに」 敬吾の横目がやはりきょとんとしていてかえって狼狽してしまう。 「……いや、俺ほんと昨日…………」 「…………………」 敬吾が何も言わないのは一昨日までの自分の辛抱に免じて、だと思っていたのだが、どうも敬吾の様子はそういったものではない。 随分と恐縮している様子の逸を不思議そうに見上げながら、敬吾はその言わんとするところを考えていた。 『俺ほんと昨日………』ーーーー、なんだ。 敬吾の思い返す限り、昨夜の逸はーーー、 ーーーーーーほとんど覚えていなかった。 「……………え?……なに、なにしたのお前」 「えっ、あのいや、」 「なんだよ?なに!!!?」 「えっ、ーーえっ、敬吾さんどこまで覚えて」 「しっ知らねえよえっ?えっっ???」 「ええっとーーーーーー」 「…………か、かわいかったです」 「っもおほんと死ねおまえ!!!!!!」 褒めて伸ばして おわり

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