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祝福と憧憬 8
(ーー敬吾さん何食ってるかな)
暗い部屋に帰り、逸が最初に考えたのはそれだった。
自分は、敬吾に作ったホットサンドの残りとスープ、サラダをテーブルに運ぶ。
何も夕食を別に取るのは珍しいことではない。
それぞれが別に予定があればそうなるし、その後各々の部屋に帰ってそのままということもままある。
こうも心がざわつくのは、ただ単純に敬吾がここに居ないことが原因ではないーー
(電話してえなー……)
箸を口に挟んだまま、行儀悪く携帯を手にとってみる。
もちろん着信やメッセージはない。
今頃はきっと、夕飯を食べ終え、風呂でも浴びて、明日の式の話などしているはずだ。
(ーー水入らずだもんな)
どうにか自分を諌めて端末を置き、気を取り直して食事を取るが味が薄いような気がする。
いつの間にか点けていたテレビの音も耳に入ってこなかった。
諦めてさっさと食べ終え、手抜き気味に片付けを済ませてしまってシャワーを浴びる。
もう寝てしまおうかーーとベッドに腰掛けながら携帯を手に取ると。
着信を知らせるランプが点滅していた。
『ーーもしもし?』
「あ、敬吾さんっ!」
『え、はい』
浮かれきった逸の声に、ごく平坦な敬吾の声。
その温度差が、もしや何かあったのではーーと逸の熱量をぐっと縮ませる。
「すみません、風呂入ってて………、どうかしましたか?」
『いや?なにもないけど。なんとなく』
「…………………」
数秒その言葉を噛み締めて、やっと心に染みてから逸は笑った。
「そっか………」
『うん』
逸の声が軽くなり、そもそも最初の一言の華やかさで敬吾の気がかりはほぼ消える。
考え過ぎだったかーー。
『もしかして寝るとこだったか?』
「あはは、敬吾さんいないと起きててもなんか……」
『はー?』
「敬吾さんは?」
『姉貴が酔いつぶれたから逃げてきた』
「え!?いいんですか、最後の夜なのに」
『ん?ーーああ、いや家出るわけじゃないから。河野さん婿に入って同居』
「え、そうだったんですか」
確かに具体的にどちらの家に入るなどとは聞いたことがない。
それでも意外で逸はしばらく瞬いていた。
『うちの両親と河野さんめちゃくちゃ仲良いからな、次男みたいだし自然とそうなったっぽい』
「へーー……」
まだぽかんとした様子の声を漏らす逸に、敬吾は少し笑う。
『つーか、姉貴が未だにお前来ると思ってんだけど』
「ーーーえぇ?」
『サプライズ計画してるんでしょ!?っつって。二次会終わるまで諦めない勢い』
「ーーーーーーー」
逸の目の裏に桜の表情が浮かぶ。
きっと拗ねたように唇を尖らせているかーーいや、サプライズを信じ切ってご機嫌で笑っているかもしれない。
「………っあはは!マジですか!!」
『どんだけ気に入られてんだよお前は……』
「嬉しいですけど、じゃあお姉さん本気でがっかりしちゃいますね」
『勝手に思い込んでるだけだからほっとけ』
そうは言うものの敬吾の口調は柔らかで、逸はふと微笑んでしまう。
「ーーじゃあ、改めてお姉さんにおめでとうメールしときます。なんかほんと嬉しい」
『そーかぁ……?』
「はい」
『…………………』
「ーーーーーじゃあ」
「おやすみなさい」を言うのが辛い。
どうにかこうにか短いその台詞を絞り出して、逸はしばらく携帯を眺めていた。
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