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祝福と憧憬 13
薄暗い部屋の中、蕩けきった敬吾の声が満ちる。
あまりに切なく甘いそれを堪えるのも、もう諦めて久しかった。
体の中も外も逸に埋め尽くされて、理性を取り戻す隙は無いのに優しい快感は果てることも許してくれず、敬吾が出せるのは声だけだった。
とろとろと指の背が体中を滑る。
薄くて甘い快感が敬吾を弛緩させるが、深く逸を飲み込んだそこだけは甘えるように吸い付いてしまう。
それが恥ずかしくて、緩みきった唇がはしたなくて泣きたくなるのだが、逸の手が。
慰めるように、撫でるからーーーー
「あ……………っ」
温かくて、痺れるほど気持ちがいい。
けれど、際どいところには触れられない肌が、興奮しすぎてひりつく。
「んぅっ、……ぁー……っ、いち、ーー……」
「はい……」
「やぁ……、ーーいたい、」
「ーーえ?どこですか?」
陶酔しているようだった逸は顔を一気に引き締め、軽く諸手を上げた。
敬吾の表情は確かに蕩けながらも僅かに苦しげだが、今日は歯どころか爪の先すら触れていないはず。
繋がりあったそこも、良く濡らされたまま柔らかく吸い付いていた。
逸が心配そうに首を傾げてまた呼びかけると、敬吾は肩を縮めて切なげに手の甲を口にあてる。
泣き出しそうなその表情がどくりと逸を脈打たせ、体の奥に響くそれが敬吾を啼かせた。
「ん……………っ!」
「敬吾さんーー」
頬を撫でてやると、敬吾がそれに擦り寄る。
「っいたい、勃ちすぎてて……痛い…………、」
「ーーーーー、」
数秒呆然とした後、逸は舌なめずりでもしそうな笑みを浮かべた。
「ああーーーーー、」
逸がその体を見下ろし、どんなに醜悪な表情をしても呼吸するだけで精一杯の敬吾は気づく由もない。
「ーー本当だ、ここ…… ……乳首もですね。こんな真っ赤になって」
逸の指先が近づき、敬吾が鋭く声を上げた。
「触ってませんよ?」
くすくすと笑われ、敬吾はもう赤面する他ない。
「触ってほしい?」
「!……やだー……!」
「そうですね……、こんなの触ったらめちゃくちゃにイっちゃいそう」
ふっと冷たく息を吹きかけられ、敬吾は死にたくなるほど恥ずかしい声を上げた。
拳を固めて顔を隠す敬吾を眺めて、逸は大層楽しげに笑う。
「……もう敬吾さん、どこ触ってもヤバいんじゃないですか?」
「ぅ……っばか………!」
「どこでイキたい……?」
「ーーーーーー!」
吐息交じりの、深くて静かな声はまるで魔法のように生々しくその先を敬吾に想像させた。
次に逸が触れる感触を、そこから快感が迸るさまを。
それがどこだとしても、怒涛のようなーーーー
「ふ………っ、や、やだ、声、」
「出ちゃう?」
必死で頷くあどけなさがかえって妖艶だ。
その従順さがたまらなく愛おしくて逸が顔を寄せると、内部が僅かに動かされて敬吾は泣きたくなる。
「じゃあ……苦しいですけど、塞ぎましょうね」
「ぁ……………」
とろりと唇を見つめられ、逸はまたきつく眉根を寄せて歪んだ笑みを浮かべた。
「どこがいい……………?」
ーーこんなことの、注文を取られるだなんて。
耐え難い羞恥心は、いとも容易く快楽への期待で上塗りされる。
体中に滞留しきった快感が、ぞくぞくと這い回って強く主張を始めた。
「んんっ…………」
「敬吾さん……………」
優しく口付けられ、それだけで昇り詰めそうになってしまって敬吾は慌てた。
「んっ、な、かで、逸のでっ、………」
「ーーーーーー」
逸は物も言わず深く唇を噛み合わせると、鋭く中を抉った。
その途端敬吾の体が引きつれ、激しく腰が跳ねて圧し殺された嬌声と呼吸が暴れる。
肩に深く爪が食い込み、敬吾の呼吸が危ういほど細く速くなっても逸は腰を振るのをやめなかった。
と言うより、やめられないのだ。
体が勝手に敬吾を突き上げ、穿って、もっと深くに注ごうとする。
悦ばせようと、壊そうとする。
「んっ、んっんっんっーーんぅっ…………!」
「ーーーーーーー」
敬吾の体が弛緩し始め、長々と吐き出されていた精液が止まり始めた頃やっと、ゆったりと重く揺さぶる。
膨らみ切った乳首を強く潰すとまた悲痛な声が口移しで響き、耳が溶けてしまいそうだ。
敬吾が堪える熱量の一部を共有する逸の背中は血が滲んでいる。
「っは…………」
敬吾が逃げるように顔を背け、今際の際のような危うい呼吸を繰り返す。
それでも尚揺らされながら、自分の中で逸が痙攣するとその頭を撫でた。
「敬吾さん…………」
どうしようもなく愛しく、満たされていて、逸はまた敬吾の唇にかぶり付く。
いつまでこうしていられるのだろう。
柔らかく応えていた敬吾の唇から力が抜ける。
舌もゆるゆると戻っていき僅かに顔を離すと、敬吾はもう意識を手放していた。
頭の中に胸の奥に甘い液体でも流れるようだった。
それが逸を酩酊させ、思考はもう朦朧としている。
言うだけならきっと許されるだろう。
泣き出しそうに顔を歪めた逸が、縋るように敬吾の髪を掻き上げた。
「ーー敬吾さん……、ーー俺と一緒にいてください」
「……一生、ここにいて……………」
血を吐くような懇願は、誰に届くこともなく薄闇に滲んで消えた。
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