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アクティブレスト 2
ーー逸はこのところ忙しかった。
二人の勤め先が二号店を出店することになり、当然篠崎はそちらの開店準備に掛かりきりになる。
できればもう一人現役の従業員を引っ張りたいが戦力の偏りを考えると敬吾は動かせない、力仕事もあるーーということで白羽の矢が立ったのが逸だった。
帰りはかなり遅く、下手をしたら敬吾が寝た後になるし朝はいつの間にか出掛けている。
敬吾を起こすまいとしてか部屋を訪ねてこないこともあるし、最後にきちんと顔を合わせたのはいつだっただろうか。
会話と言えば逸の手が空いた時に短い事務的な電話がある程度だ。
下手に甘いことや弱音を言ってしまえば歯止めが利かなくなると思っているのだろうと想像はつくがーー
ーーこんな時まで、人の飯の心配などしなくてもいいものを。
コップの埃を拭きながら敬吾が小さく溜め息をつく。
何かできることがあればしてやりたいとは思うのだがーー、
どうも自分は気配りが下手だ。
これで立場が逆ならば、逸なら恐らく上手くやる。
簡単にでも食事を用意しておくとか、なんでもない顔をして起きて待っているとか。
それがどうも大仰になってしまう。
かえって気を使わせる、どころかありがた迷惑にすらなりかねない。
(言えばいいのにな……あいつも何か)
(肩揉めとかー、買い出ししとけとかー、食いたいもんとか……作れねえけど)
それなら過不足なく手を貸せるのに。
最後のコップを拭き終わり、軽く在庫をチェックして時計を見ると丁度上がり時間だった。
幸に声を掛けて店を出ると、携帯が鳴る。
逸からだった。
「お疲れ」
『お疲れ様です……すみません、今日も遅くなりそうで』
「謝んなくていいって。あんま順調じゃねーのか?」
『もう……、トラブル続きです』
「あー………」
明らかに疲弊している声が痛々しい。
眉根を寄せ、敬吾は腕時計に目を落とした。
「俺ちょうど上がったとこだけど、手伝いに行くか?勝手は分かんねーけど雑務くらいやるぞ」
『いえいえ!大丈夫ですよ。人手が足りないわけではないんです……っていうか手は余ってるっていうか……』
「ああーーーー」
嫌なパターンだ。
段取りが狂っているらしい。
篠崎がいて逸がいて、篠崎がかき集めたスタッフも経験者ばかりだ、彼らがきちんと動けていれば単なる人手不足くらいカバーし合えるはずなのだ。
そうではなく、皆作業につけずにいる………。
「きっついなーー」
『もう作業工程押しまくりで……』
「そうか……」
恐らく逸は篠崎に次いで指揮を取る立ち位置であるはずだ。
次いでとは言っても相手は篠崎だから割合は下手をしたら同程度以上になるが。
敬吾はきつく眉根を寄せ、こめかみを揉む。
そうしたいのは逸の方だろうがーー
ーー何かどうにかならないものか。
考えているうち、電話の向こうで遠くから逸が呼ばわれる。
『あ、すいません、じゃあ敬吾さんーー』
「あー待て!なんか手伝えることあったら呼べよ!あとあんま無理すんな!」
『あ…………』
一秒に足りない短い間、逸が言葉を飲み込んだ。
『………………はい』
「ーーーーー」
『それじゃあ、また』
敬吾が呆然としているうちに通話が切れる。
逸の声があまりにも柔らかく、華やいだようになっていてーーー敬吾はそこで初めて、少し赤面した。
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