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第1話

 薫の部屋に入ってすぐ、部屋の主にベッドまで連れていかれた俺は、導かれるままそこに横たわる。その段階で足元がかなり危うくなってきていたので、正直、ベッドを貸してもらえて助かった。  ひんやりとしたシーツが火照った身体を心地よく受け止めてくれたが、それもほんのわずかな時間でしかなかった。体から発される熱がシーツに移り、すぐにその発散先は失われた。……まるで焼け石に水だ。ベッドよりもいっそ浴室に放り込んでもらって、頭から冷水をかぶった方が良かったかもしれない。それくらい体内に篭った熱が耐えがたかった。  いつ買い換えたのか、ベッドが以前のものと違っていて、一回り大きなものになっていた。クイーンか、もしくはキングサイズかもしれない。安定感があって寝心地がいい。しかし、具合が悪い状態で新しいベッドを借りるのを申し訳なくも思った。かなり汗をかいていたから余計に。 「(わり)ぃ…」  ひりつく喉からなんとか謝罪を押し出すと、薫は「気にするな」と小さく笑い、俺のシャツをくつろげ始める。  熱中症にかかった相手への対処としては間違っていないが、……なぜかそれに抵抗を覚えた。  しかしそう思ったところで、当然のことながら嫌だと云える状況ではなく、されるがままになる。  薫の長い指が器用に動き、首元から順に小さなボタンを外してゆく。  一つ、二つ、三つ……  時折、爪の先がシャツの下の皮膚をひっかく。  もちろんわざとではないのだろうが、普段なら気にも留めないだろう小さな刺激に体が異常に反応した。  ――異常。  そう、異常だった。  俺はようやく自分の躰のおかしさに気付いた。 (これは――違う、熱中症なんかじゃ…ない…)  自分の愚鈍さに、情けなさにも似た怒りが湧く。  もっと早く気づくべきだった。  ――これは、ヒートだ。  なぜ突然、なんの予兆もなく、抑制剤を飲んでいるにも関わらずそれが起きたのかはわからないが、教えられていた症状に今の自分の状態はすべてが合致した。  初めてのことに把握が遅れたことを悔やみながらも、一刻も早く薫から離れなければという強い焦りに囚われる。……とにかく、これがヒートならばこのまま親友の世話になるわけにはいかない。抑制剤のおかげか、まだ、その程度の判断力は残っているようだ。  話によれば、本格的な発情期に入った場合、思考力はほとんどなくなるという。  そして、傍に居るαに――それがたとえ誰であってもかまわず見境なく――抱かれたくてたまらなくなるらしい。  それを聞いた時にはΩの性にぞっとするような恐怖を覚えたものだ。  本能のままに快楽を貪る(ケモノ)――、自分がそんなものになってしまうのか、と暗澹たる気持ちになった。  俺が強い抑制剤に頼るのは、そんな恐怖も後押ししている。

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