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第2話

 重怠い腕をあげ、俺は三つ目のボタンを外し終わって次に移ろうとしていた薫の手を止めた。 「もういい」  吐く息が熱い。  ……この状態で、自力で家まで帰れるか不安だが、これ以上ここに居られないことだけは確かだ。薫にバレるわけにはいかない。卒業まで、まだ半年以上あるのだ。  意志の力を頼りに、なんとか肘をついてのろのろと上体を起こす。 「すまん。やっぱり帰るよ…」 「……馬鹿言うな。そんな状態で帰れるわけねぇだろ」 「いや、水を一杯くれればたぶん多少具合もよくなる…」  ……ほんの気休めにしかならないだろうが、水分補給をしながらでなければ家に辿り着ける気がしないのも確かだった。  とにかく熱く、のどの渇きがひどい。  まるで身体そのものが発火しているかのようだ。  せめて一滴でも水が、欲しい。水さえ飲めば、少しはこの熱も治まって――、  ……ホシイ。ホシイ。ホシクテタマラナイ。  ミズナンテイラナイ。ホシイノハ…… (…?)  一瞬、わけのわからない思考がノイズのように脳裏を(よぎ)る。 「……あぁ、そうだった。暑くて……脱水症状を起こしているんだったな。水か…」  そう言ってベッドから腰をあげた薫に対し、――俺はまったく警戒心を抱いていなかった。  てっきり部屋に備え付けられている小型冷蔵庫に向かうのだと、その直前まで思っていた俺は、きっとΩとしてとても愚かだったのだろう。  ふっと空気が変わった気配がした。  それを感じ取れたのは、たぶん本能だ。  一瞬鼻先を掠めた(かぐわ)しい匂いに気を取られ、なにが起こっているのか認識するのが、わずかに遅れた。 「――、……っ!?」  キスを、されている。  キスを、している。  自分と、――薫が。 「…か、…んッ、ンンンーッ、…や…ッン…」  撥ね退けようと(あらが)うが、それ以上の力でもって体勢を崩されベッドに押さえつけられた。  重ね合わせた唇だけでは飽き足らず、息つく間もなく舌が歯列を割って入ってくる。  躊躇いも遠慮も一切なかった。  ぶわりと躰に篭っていた熱が一気に(ほとばし)り、全身を血潮が駆け巡る。  鳥肌が立った。  嫌悪ではなく、暴力的なほどに膨れ上がった圧倒的な、――快楽で。  薫の唾液が舌と唇を伝って口腔内に流れ込む。  薫の――αの唾液。  馨しい水。  もがく力が萎え、与えられるとろりとした甘露を嚥下する。  甘美な水が喉から流れ込み、……一瞬で理性が吹っ飛んだ。  それほどに、その水は俺の喉を豊かに潤し、今まで口にしたどんな飲み物よりも俺を夢中にさせた。  まるで媚薬のようにΩを狂わせる甘い甘い、毒。  もっとくれと、浅ましく舌を絡ませ、唾液を啜る。  ぴちゃぴちゃと淫靡な音を断続的にたてて、互いのそれを分かち合う。

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