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第13話

「動いて…」  待ちきれずに自ら躰を揺すって少しでも快感を得ようとするが、腰は薫の両手にしっかりと固定され、びくともしない。  熱い疼きが体内で行き場を求め、暴れまわる。 「あ…いやだ…早く…っ」 「おまえをくれるか?」  俺は、薫の問いに間髪入れず叫び返した。 「やる、やる。全部くれてやるから…!」 「いいんだな?」 「じらす…な!」 「――わかった。俺がおまえのすべてを貰い受ける」  どこか厳かで、決意を秘めた声音が俺にそれを告げた。 「おまえが俺の(つがい)だ」  人類の長い歴史の中で退化した犬歯が、俺の首筋に喰い込んだ。  ひゅっと喉が鳴り、俺は次の瞬間絶叫していた。 「ぁあああああああああぁぁぁぁっっっ!!!」  痛みと熱と、流れ込む何か得体の知れない……躰の根幹を組み替えるエネルギー。  それらすべてが一気に押し寄せてきた。  まるで……魂を……屈服させ……服従させ……従属を()いるような……理不尽で、傲岸で、しかし――どこか甘美でもある、強い力の奔流だった。  力が鎖となり、全身を巡り、俺を……たった一人の人間に縛り付けた。  これはきっとの「儀式」なのだと本能が理解する。 「…ハァ…ハッ…ハァ…ハァーー…フーー…」  時間の感覚はなかった。  とてつもなく長く感じたし、たった一瞬のことのようにも思えた。  わずかに意識が飛んでいたのかもしれない。  傷ついた首筋をいたわるように(ねぶ)る舌の動きに気づき、俺は掠れた声で自分の番となったα…伴侶の名を呼んだ。 「薫」  柔らかな舌の動きが止まり、僅かな間の後、答えが返る。 「……碧」  沈んだ声には、確かな痛みがあった。  わかりにくいが、本質的には優しい男である。  ……親友には親友なりの葛藤があったに違いない。  そして、謝罪で誤魔化さない誠実さをきちんと(わきま)えている。  選んだのは薫であり、俺自身でもあった。  思った以上に苛酷だったが、――それでも、後悔はない。 「碧」  後頭部に、すりっと頬ずりをされた。  甘えるような仕草で、薫は俺に……まるで(ゆる)しを乞うているような声音で囁いた。 「俺の隣は一生おまえのものだ、そしておまえの隣はおれのものだ、碧」 「かお…る…」 「おまえがΩだろうと、αだろうと、それは変わらない。――あのときからな」  耳の裏に愛おしむみたいなキスを降らせると共に、かつての誓いを口にする。きっと今も同じく藍色の瞳には俺を魅了してやまない光輝が宿っているのだろう。 「俺は決めていた」  「あのとき」がいつを指すのか、当然俺にはわかっていた。 (「忘れた」って言ってたくせに――)  学園の廊下で平気な顔をしてすっとぼけてみせたのは、こいつ自身である。……なんだか本当にいろいろ騙されていたんだな、と溜め息をついた。  こいつも大概ウソつきだ。  必要なら博打(ばくち)もうつし、周囲を欺いて翻弄するし、――悪事に手も染める。  園原の件だって、こうなってくると真相はどうだかわからない。

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