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第2話
末っ子ゆえに家族全員に愛され、甘やかされて育ったにしては蓮は聞き分けがよく、あまり我が儘を言わない。
それは蓮専属の使用人である俺に対しても同じで。
それなのに、今日はいつまでもドアの場所から動かず、俺を困らせている。
「………だから、今日は約束があると言ったでしょう?」
「……………僕より大事な用事なんだ?」
そう聞かれて、ギクリとした。
“あの事”を蓮が知っているはずないのに。
「………まさか」
内心の動揺を隠して、蓮に微笑みかける。
「蓮様より大事な用事などあるはずないでしょう」
「じゃ、今夜は僕と一緒にいてよ」
縋るように俺を見詰める蓮の瞳が不安に揺れている。
相当、煮詰まっているらしい。
俺はひとつ、溜め息を吐いて口を開く。
「………分かりました。約束はキャンセルいたします…ただし、一緒に寝るのはなしですよ?寝入るまで横にいますから」
「……ええ~!?」
俺の提案にそれでも不満そうに、両頬をぷっくりと膨らませてリスみたいな可愛い顔になっている蓮を無視して携帯を掴む。
「…何歳ですか、まったく…駄目ですよ。もうそろそろひとりで寝るようにならないと…部屋で待っていて下さい………私もすぐ参りますので」
それでもまだ、不満げに唇を尖らせてドアに寄りかかっている。
俺はまたしても深い溜め息を吐く。
「……………分かりました。ただし、今日だけですよ?」
途端に蓮の顔が嬉しそうに綻ぶ。
その顔に俺の胸がズキリと痛んだ。
さっきまでの不機嫌さはどこへやら、鼻歌を歌いスキップをして自分の部屋に戻って行く蓮の後ろ姿を見送ると、俺は電話の相手に行けなくなった事を告げる。
………蓮に電話の内容を聞かれたくなかった。
今日の約束をキャンセルした事で相手からどんなペナルティを付きつけられても構わない。
今夜、あんな不安な顔をした蓮をひとりにはできない。
だから、どんな事を言われても受け入れる覚悟で電話をしたが、相手はあっさりと了承した。
それこそ、俺が拍子抜けするほどに。
不可解に思いながらも、相手が何も言わなかった事にホッとした俺は、蓮の部屋へと続くドアを3回ノックする。
蓮の声が聞こえてドアを開けると蓮は広いダブルベッドの端に座り、足をぶらぶらと揺らしている。
その子供みたいな仕草に唇が弛んだ。
「…お待たせしました」
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