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第8話
歓迎会は想像通り、砕けた雰囲気のイタリアンであった。
深山はジンジャーエールを一口飲むと目の前の唐揚げを突いた。
新入生たちは初々しく、文芸部を選んだだけあっておとなしい子ばかりだった。まだ緊張しているのか、ポツリポツリと話してはちょっとはにかんで黙ってしまう。
それでも丁寧に話を聞くと、心を開いて饒舌に語ってくれるようになる。
それを深山はこれまでの経験上知っていた。
しばらく時間が経つと、案の定深山の周りの新入生たちに打ち解け、スムーズに話が回るようになった。
深山はうまく話を盛り上げて、そのうち数名の新入生から合同本参加を取り付けてみせた。
ふと、テーブルの隅を見ると
ポツンと橋田が座っているのが見えた。
一人で黙々とウーロン茶を啜っている。
寡黙なスポーツマンと言った雰囲気の橋田は文芸サークル全体の雰囲気からみてかなり浮いていた。深山に対してあんなに積極的に話しかけてくるのに、普段は自分から話すとタイプじゃないらしかった。その静かに飲食している様子からはどこか排他的な空気すら感じた。
「橋田!」
盛り上がる部員たちを掻き分けて深山は橋田のとなりに座った。
橋田には、竹本の件での借りがあったしなんとなく構ってやりたくなったのだ。
橋田はゆっくりと深山を見やった。
「唐揚げ食わねえ?うまいぞ」
テンション高く小皿に取った唐揚げを差し出せば、橋田はなんだよと苦笑した。橋田はそのまま小皿を受け取るとわりかし大きな唐揚げを一口で食べてみせた。
「おお、すげぇな」
「だろ?実はげんこつが口の中に入る」
「まじかよ」
くだらない話をしているうちに橋田のまとう雰囲気がふと柔らかくなったような気がした。橋田は得意げに笑うと隣でビールを飲む斉木をちらりと見た。
「歓迎会だってのに来年まで飲めないのが辛いよな……、なあ、こっそり飲んじまおうか」
いたずらっぽくそう言った橋田に、深山は片眉を上げる。お互いまだギリギリ成人してないから飲酒は禁止されている。深山は生真面目に真顔で言った。
「橋田、そりゃダメだよ。なんかあった時まずいだろ」
「……冗談だよ」
橋田は少し笑うと、誤魔化すように手元の烏龍茶を嚥下した。
「それより深山、お前すごいな。人見知りでだんまりだった新入生がすっかり打ち解けてるし、例の本の参加者も増えそうなんだろ?」
ふと思い出したように橋田が言った。
深山はニッと笑うとお安い御用と嘯いた。
こういう時は変に謙遜するよりはこうした方が嫌味がない。そう思っただけのことだったが橋田はまるで深山を崇拝するように瞳を輝かせると、
「やっぱり、すごいよお前」
と呟くようにいったのだった。
宴もたけなわになったころ、深山は尿意を催して一人でトイレに向かった。
用を足したあと何気なしに店の奥を目立たないスペースに視線をやると、物陰に隠れるようにして竹本と斉木がいた。
二人は何やら小声で話し合いクスクスと笑っている。なんだか嫌な予感がした。
足が、石になったように動かない。
斉木の顔が、徐々に竹本に近づく。
竹本はじっと上を向いているーーやがて二つの影は一つに重なった。
深山は早足に席に戻ると呆然とした。
橋田や新入生が話しかけてくれた気がしたが正直よく分からなかった。
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