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第7話

帰宅後、布団に横になりまどろんでいた時だった。 スマホの通知音が軽快になり、短いメッセージが画面にポップアップされた。見ると稲村からだった。 『俺は落ち込んでいる。明日なんか奢れ』 はじめに受けた役のオーディションには落ちたと言っていたから、また違う役のものに挑戦してそれも落ちたのだろうか。最近お互い忙しくてあまりあっていなかったから初めて聞いた。 慰めてやりたい気持ちは山々だがーー金欠なんだよなあとひとりごち、深山は返事として"断る"スタンプ"で返した。すぐに着信がきて出てると電話口から甲高い稲村の大声が飛び込んでくる。 「この薄情者〜!」 深山は思わず顔をしかめた。 酔っ払って泣いているのだろうか、声がぶるぶる震えている。 「どうしたんだよ…」 げんなりしながら聞き返すと、稲村はうおおおんと泣き喚いた。そんな泣き方をする人間を深山は初めてみたのでしばらくア然とする。稲村はえづきながら言った。 「今回めっちゃうまい新入生がいっぱい入っておれは裏方メインになったんだよ〜でも人がいっぱい入るのは嬉しい…でもよ〜2年になったら役もらえるとおもってたからよ……俺、訳わかんねえよ」 「そんなにか」 「ばかやろー中学の時からずっと演劇部だぞ俺は」 ぐすぐすと鼻をすすりながら深山は唸るように言った。深山はそういえば確かにそんなことを以前言っていたとぼんやりおもった。 そのまま3時間ほど稲村の嘆きは続いた。 はじめは感情の渦に飲み込まれていた稲村だったが徐々に落ち着きをとりもどしていった。 「なあ、深山、俺は3年になったら演出に立候補しようと思う。」 そろそろ話が終わるであろうころ、深山は唐突にそんなことを言った。 「一年がいっぱい入ってきたといえ、人手不足なのには変わらない…3年になったら演出も、出演も俺は全部やってやるんだ」 夢を語るように熱い口調で稲村は言った。 稲村は演劇サークルの中心人物であるのでやろうと思えばできるのかもしれないと深山はおもった。 「おう」 「その時、お前の作った話でやりたいんだ」 「は?」 深山の頰が引きつる。友人になってから稲村のドタバタに巻き込まれるのは毎回のことであったが演劇の事ははじめてであった。 「脚本ってことか?嫌だよ……そういうのってもっとちゃんとした奴にたのむべきだろ」 深山は居心地悪そうに身じろぎしてそう言った。だいたい、文芸サークルで陳腐な短編ばかり書いている自分に大学演劇の脚本なんて無茶すぎる話だった。 稲村が慌てて答える。 「いや、なにも脚本を書いてくれって訳じゃないんだ…この間ちょっと興味があって文芸部で出してるやつを読んでさ。お前の話にビビっときたんだよ。俺の演劇はこれだ!これしかねえ!ってさ」 「えっどの話?」 「集落と呪いの話」 深山は気取られないように唾液を飲み込んだ。高校の時、配信で幾度となく語り構想を膨らませ、文芸部に入ってから一番熱意を持って書いた話だった。結局締め切りまでに空回りしてすっきりとまとめられず終わってしまったのであるが。それを友人に読まれたのかと思うとなんだが気恥ずかしくような気がした。 「あれを原作として使わせてほしい。脚本自体は俺が書いてみる」 ちょっと結末は変えるかも知れないけど。稲村は真面目な声でそう言った。 深山は暫く考えた。あの作品は掲載するために無理やり短時間でまとめあげたが、未完に終わっている。未完成のものを原作として使われたくなかった。 ふと、斉木が言ってきた合同本のことが頭によぎった。未完になっていたあの話をベースに加筆、修正したものをそこで発表して、来年の原作にしてもらうのはどうだろうか。 そうおもった。 深山は稲村にそれを提案すべく口を開いた。 稲村は珍しくじっと黙って深山の話を聞き、快諾すると男の約束だぞと笑った。 それからしばらくして、斉木から『歓迎会のお知らせ!』と題したグループメッセージが送られてきた。深山はバイトの日程を確認すると、『参加できます!』と一言送った。 (今年の幹事は竹本か……) きっとおしゃれで可愛い店なんだろうな、そんなことを思いながら深山は毛布を体に巻きつけ今度こそ眠りについた。

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