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第6話

「竹本さんちょっといい?」 文化系部室棟の玄関に見慣れた背中を見つけて呼び止める。一瞬、戸惑ったような様子を見せた後、竹本はゆっくりこちらに近づいてきた。 向き合って、止まる。かなり距離を感じる。 「…何かな?」 「こないだのこと、謝りたくて」 意を決して深山は口を開いた。口腔内が緊張でカラカラに乾いていた。 竹本はすこし首を傾げた。深山は息を吸い込むと早口に言った。 「この間、変なこと言ってからかってごめん。ちょっと調子に乗ってた、俺」 「この間?」 「批評会の時の……」 「ああ……」 気にしなくていいのに、と竹本は苦笑した。心なしか、雰囲気がすこし柔らかくなってるような気がする。それから二人で部室まで行った。ふわふわとかすかに香るイチゴみたいなシャンプーのにおいがありがたかった。 (ありがとう、橋田くん……!) 深山は心のそこから橋田に感謝した。 文芸部の基本的な活動は共通の本を読んで、その感想を語り合う読書会、部誌を発行しそれに載ってあるお互いの作品を批評し合う批評会があり、それ以外は駄弁って終わるということが多かった。 深山はお気に入りの奥のソファに座りながら、生協で買った好きな作者の新刊をぱらぱらとめくって流し読みしていた。なぜかとなりに橋田が座ってきたので詰める。いつもなら追い出していたが先ほどのことで恩義を感じていたためか、それが出来なかった。 ふいに思い出して、深山はカバンから缶コーヒーを取り出すと橋田に差し出した。 「ほい」 「?」 「橋田くんにお礼。上手くいったよ。ありがとうな」 「… そっか、よかったな」 深山はじっと手の中の缶コーヒーを見つめると呼び捨てでいいぞ、と言った。唐突な申し出に深山は二回瞬きをするとつられて「あー、じゃあおれも、深山でいいよ」と答えた。 なんとなく気恥ずかしい空気が流れる。 イケメンに言われるとこうもドギマギするものだろうか、と深山はおもった。橋田との会話は稲村と話す時とはどことなくちがう感じがする。 「今年は部誌以外に、有志をあつめて小説合同本を作って文芸交流会のイベントに参加しようと思うんだがどうだろう」 まどろんだ空気の中突然立ち上がった斉木が目をキラキラさせて言った。 しかしその場にいた部員たちは斉木と目を合わせようとはしない。普段の勉強やバイトの合間を縫ってやっと半年に一回の部誌を書いているーーそれすらも参加できなかったり、しなかったりするものがいるなかで小説合同本に意気揚々と参加するものなどいないのだ。 「参加したい人がいたら俺のところまで来てくれな……」 斉木もそれを察知したのか大きな背をしょんもりとさせて自席へ着いた。 深山は軽く息をつくと、斉木のもとに向かった。斉木はサークル活動に熱すぎるくせに優しすぎて空回りすることが多々あった。 「会長、俺でよければ参加させて下さい」 伏せ気味のセミロングの黒髪を覗き込むように言えば、斉木が驚いたようにこちらをみた。 今日は脂ぎってない、さらさらとした髪がふわりと動く。シャンプーを変えたのかもしれなかった。 「私もっ書きます」 ぴょこぴょことやってきた竹本が斉木を見つめて言った。あまいシャンプーの匂いにくらくらしそうだ。これがなきゃやってられない。深山は周囲を見やった。執筆者はもう何人かいた方がいいだろうーー。 ふと、橋田と目があった。 「橋田く…橋田!」 深山は大股でソファのところまで行くと橋田の肩を叩いた。橋田はしばらく深山の顔を真顔で見つめーーやがて耐えららなかったように苦笑すると「いいよ、俺も書いてみたかったし」と言った。 そのほか半ば頼み込みようにして声をかけた数名と橋田におくれて四月に入ってきた新入部員を誘って合同本を作ることになったのだった。 「深山、みんな、本当にありがとう」 夢だったんだ。サークルで本をだすのが。 そう言った斉木の瞳は潤んでいた。来年、斉木はいないのかと思うと深山はなんとなく寂しくなった。

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